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2004.05.31

あら、ご近所サンだったの!?

内山先生達の自閉症専門家としての真剣なる激論ツリーと平行して、私達ノーテンキ組は「ウチのバカ息子が砂壁にウンコ塗りたくりやがった~!!」 みたいな雑談ばかりしていました。
だから、パソ通のボード上では、お互いのハンドル名は知ってはいるものの、直接のご縁はありませんでした。なんせ畏れ多くて……。(^^;

そんな内山先生との直接のお会いしたのは……伊豆でした。
新宿でオフ会(パソコン通信仲間での飲み会)があり、その流れの勢いで、オフ会主催者のIさんの別荘まではるばる遠征していらしたのです。
私は私で、別件の仕事の打ち合わせがあり、それがやはり修善寺だったので、帰り際にIさんの別荘に立ち寄らせて貰ったのでした。

「へえ、内山先生って男だったんだ」なんて思いつつ、名刺交換をして、愕然!!
なんとご自宅の住所の地名、ウチと市と町の名前まで一緒じゃないですか!?
なんか、すっごく身近に感じてしまったのは、言うまでもありません。

せっかく知り合ったんだから、これも何かの縁。しっかりちゃっかり診察もして貰おうかな、と思いましたが……。
甘かったです。当時でもしっかり予約2年待ち状態でした。(; ;)

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2004.05.30

内山先生との縁

内山先生とは、かれこれ10年以上前からの知り合いです。当時はまだ梅ヶ丘病院の勤務医をなさっていた頃だったと思います。
といっても、はじめて顔を合わせたのは5年程前です。それまではパソコン通信上でのハンドル名同士の知り合いに過ぎませんでし、そのときのハンドル名の先生が、内山先生だということも知りませんでした。
ちなみに私は、勝手に女医さんだとばかり思っていました。(^^;

パソコン通信のボード上では若き日の内山先生をはじめ、今では自閉症業界における著名な先生達が毎日のようにとても難解なる議論をくり返していました。
読んでるだけで、そりゃあもう勉強になりました。

私自身、ニフティのパソコン通信内の障害児教育フォーラムを覗きたいがゆえにパソコンを買った人間でした。
とにかく福祉情報満載で、それも全国規模。ちょっとした質問をすると全国の会員からいろんなアドバイスを貰えました。あの頃はよかったなあ……。
今は、たしかにネットは普及してはいるものの、情報が拡散してしまい、かえって必要な情報が手に入りにくいです。自閉症に関しても、付け焼き刃の情報ばかりのデタラメだらけなサイトも少なくありませんし……。

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2004.05.29

監修のお願い

「ぼくうみ」には、自閉オタクではないかと思えるほどのおじいちゃんが登場します。そしてこのおじいちゃん、長々と自閉症についての説明ゼリフをまくしたてます。(^o^)
このことが、自閉症関係者に喜ばれる一方で、自閉症を知らない人に「小説っぽくない」と言われる理由だったりしています。

自閉症に関する情報については、確信犯的に盛り込みました。それは、自閉をまったく知らない人に自閉を理解して欲しいという思いがあったからです。
ただ、間違った知識や情報だけは載せたくありませんでした。
世の中には、自閉症という言葉自体のイメージだけで、したり顔で間違った使い方をしている人が、プロの脚本家連中のなかにもかなりいます。素人の作品ならともかく、そういうのはプロとして、恥ずかしい限りです。
私は「ぼくうみ」を書くにあたって、私の知識の中で自閉症論を展開してみました。それなりに知識を持っているという自負があったからです。
だけど、嘘や間違いがあると、物語としてのリアリティそのものがブッ飛んでしまいます。

そこで、友人付き合いをさせて貰っているよこはま発達クリニック内山登紀夫先生にお願いし、自閉症の表現として間違っている部分を指摘して貰いました。

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2004.05.28

返事

そして、どのぐらいの日数の後だったかは忘れましたが……。
市毛さんから返事の電話がありました。
「出してみようよ」と言ってくれました。
たぶんOKしてくれるだろうな、という自信はあったのですが、直接OKを貰えたことで、かなりホッとしたことを覚えています。(^^;

数日後、久しぶりにぶどう社に出かけていきました。
「でも、本当にいいの?」
市毛さんは言いました。でも? 何が本当にいいの? か、私にはわかりません。
「もっと大手から出した方が売れると思うんだけど……」

要するに、ぶどう社から出したらもったいない、と言ってくれてたわけです。
そう言われると、なんか妙に嬉しくなってしまい……。
逆に、ムキになって「ぜひぶどう社から出版してください」と言っている自分がそこにいました。(^o^)

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2004.05.27

そして、ぶどう社へ

そりゃもう新聞広告とかで大々的に宣伝して貰えたりしたら嬉しいよなあ、っていう思いはありましたが……。
結局、大手出版社に持ち込む自信というか気力というか根性というか、そういうパワーが私にはありませんでした。
一方、「町田おやじの会」の本の企画もそれなりに進んでいまして……。
(いや、この頃は企画倒れに終わる可能性もあったような。(^^;))
何度も会っている人だし、話もしやすいし、なにより優しい人なので……。(^^;
ぶどう社の社長の市毛さんに「とりあえず読んでみて下さい」と「ぼくうみ」……いや、その時の仮題は「心の扉」だ……の原稿を渡しました。

市毛さんはというと……困惑したような顔で受け取ってくれました。
で、ボソッと言いました。
「ウチ、小説なんて出したことないからなあ……」
それはたぶん、遠回しの拒絶だったのかも知れません。
それでも、構いませんでした。せめて、批評だけはして貰えると思っていたので。
プロに読んで貰ってダメと言われれば、この作品自体、大手出版社に持ってってもやっぱりダメだったってことになるわけで……。

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2004.05.26

光とともに… 7話

つなぎみたいな話で、どうにも感想もないのですが……。(^^;
結局、最初の方での光クンの反抗の理由は何だったのでしょう???

それにしても運動会ですか。
ウチの息子に関しては、あんまりいい思い出、ないです。
音とかを嫌がったりするタイプではなかったので、みんなと一緒にいることは出来たのですが、参加しているという感じでなく、とにかく一緒にいるだけ。それは中学生になった今でも変わりません。先生は一生懸命いろんなことやってくれるんだけど、当人はちっとも楽しそうでもないし……。
幼稚園や小学校低学年の頃は、かけっこで一人だけ歩いてて、友だち(?)や先生に手を引っ張って貰ってなんとかゴールに辿り着き、大勢の保護者から拍手とか貰って感動もしたけど、大きくなると、そういうのもボディブローだしなあ。

自閉症の子には、反抗型タイプの素直型タイプがいますよね。ウチのはずっと素直型でした。で、素直型っていうのは、たいてい反抗型より重度です。反抗すること、反抗しても構わないんだってこと理解してないゆえの素直さだったりするので……。

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2004.05.25

「光とともに…」出版記念パーティー

ぶどう社にアポを取るよりもっと前から、私はとある場所で「自閉症の小説を出版しますからヨロシク!!」と宣伝したりしてました。
その場所とは、「光とともに…」の出版記念パーティの会場で、です。場所は横浜コスモワールドの一番突端にあるホテルの最上階。超豪華な部屋でした。
手帳を見ると、一昨年の3月2日。二巻がようやく発売になった頃です。
ということは、初稿として書き上げたばかりの原稿をどうやって出版につなげようかと考えていた頃だったわけで……。

戸部さんと何の接点もない私が、この出版パーティに呼んで貰えたのは、発起人の一人がよこはま発達クリニックの内山先生で、私にまで声をかけてくれたからです。内山先生はどうやら私を宴会係にしようと思ったらしいのですが……。
豪華な席はどうも苦手。なんか場違いの感じがして、私は小さくなっておりました。(^^;
で、その席で、参加者みんなの自己紹介とのことだったので、ついでに本の宣伝をしてしまったわけです。
ま、私の方もなんとか出版にたどりつけたわけですが……。
それにしても、この売り上げの差は、さすがに複雑なものがあり……。(; ;)

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2004.05.24

どっちにしよう……

もっとも、一足飛びにぶどう社の市毛さんにお願いに行ったわけではありません。
なぜなら、ぶどう社は福祉専門出版社。新聞に広告打つわけでもなく、全国の本屋さんの店頭に本が並ぶわけでもなく、営業力が弱いのは目に見えてます。
となると、出版にこぎつけたところで、小説はまず売れない……。(^^;

それより、大手の出版社に持ち込んだ方がいいのかも、と迷っていました。
ただ、とにかく自信がない。なんせ先輩に懸賞募集に出しても無駄だと言われた作品です。持ち込んだところで読んでも相手にもされないのではないのではないか、と。

持ち込みの作品なんて、まず読んで貰えないこと、私自身が一番よく知っています。なんせ私、脚本家だったんですもん。
テレビ局や製作会社のプロデューサーの机の上の棚に、持ち込みの企画書や脚本が手もつけられずに積んであること、よく知ってます。よっぽど運がよくないと、誰の目にも触れません。でもって、そういう作品がどんどんたまるので、そのうち置く場所もなくなり、結局そのままゴミ箱行き、と……。

テレビ局も出版社もそんなに変わらない…ような気がしました。
ということは、私の小説を編集担当者に読んで貰うのなんて奇跡に近い、と……。

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2004.05.23

そして、3年前のこと

久しぶりに市毛さんから突然の連絡がありました。
なんでも、町田市内にある某作業所から本を出すという企画があり、その作業所の施設長と打ち合わせをしているうちに私のことを思い出した、とのこと。
母親ではなく、障害児の父親達の本を出したいと考えていた市毛さんが、町田に「おやじの会」があることを聞き、その会に私が参加していることを聞いて、連絡をくれたらしいのです。

まもなくして、町田おやじの会の本作りが始まりました。
そしてその本「ウチの子障害児なんだって言えたおやじたち」は、2年以上の歳月を経て、今年の2月になんとか出版することができました。m(__)m
(ちなみに、先に出版を考えていた某作業所サンの本は未だ完成には至ってません)

そんなちょっと遠回りの経緯があり、私は書き終えたばかりの小説を市毛さんに「読んで欲しい」と頼みやすかったという次第でして……。
某作業所さんの仲介がもしなければ、私はぶどう社に原稿を持って行ってなかったかも知れません。となると、売れる売れない以前に、まだ出版に至ってなかったかも知れません。
きっかけになってくださった某作業所さんには、ひたすら感謝しています。(^^;

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2004.05.22

「本を出したいのですが…」

はじめてぶどう社を訪問させて貰い、それからしばらくして、実は私、社長の市毛さんに「本を出したい!」とお願いしていまして……。
内容は、よくあるパターンの“親の手記”です。たしか、30ページ分ぐらいの原稿を書いて持って行って読んで貰ったような……。
で、返事は「幼稚園児の父親が手記なんてまだ早すぎるよ」と……。

今考えてみると、たしかにそりゃそうです。
小学校にあがるかあがらないかの自閉の父親が自伝的な手記なんて早過ぎます。障害児の親となり、ドン底の心境からやっと這い上がり始めたばかり。自閉の知識だけ頭に詰め混んだところで、まだまだなんにも経験してないのだから、説得力もないわけで……。

ちなみに、そのときの30ページ分ぐらいの原稿は今はありません。市毛さんがしっかりどこかへ無くしてくれましたので。(^o^)
ゆえに、そのときにどんなことを書いていたのか、私自身に全然記憶もなく、永久なる謎となってしまっています。(^^;

それっきり、その後はぶどう社とは、こちらから一方的にウチの施設の通信を送りつけ続けているだけの関係で……5年以上が経過していました。

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2004.05.21

ぶどう社との出会い (つづき)

自閉症児の親という立場になって以来、ぶどう社の出版する福祉関係の本は何冊も読んでいました。だから、その出版から誘いがあったということは、なんていうか、ステータスみたいなものを得たような気もして……。(^^;
それ以前にも、小学館やら集英社やらの大手出版社には仕事の関係で出入りしたことはありました。だけど、この時の方がよっぽどワクワク・ドキドキでした。

ところが、約束した日に訪ねていったつもりが、なぜか私の行く日を一日間違えていたようで。その日は別のお客さんがぶどう社に来る予定になっていまして……。
でも、ぶどう社の社長の市毛さんは私を追い返しもせず、ついでだからと言って、後からいらっしゃったお客さんに私を引き会わせてくれました。

その方は……スウェーデンで障害者のプロバンド「エコー」を率いている大滝さんでした。なんでも、ときどき里帰り(?)と称して、日本に戻って来ていて、その度にぶどう社に遊びに来ていらっしゃるとのこと。
スウェーデンでの生の福祉情報と雑談を延々3時間以上聞かせて貰い、かなりトクさせて頂きました。
ただ、その大滝さんがかなりの有名人であるということを私が知ったのは、ずーっと後になってからだったりしています。(^^;

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2004.05.20

「光とともに」をタイトルに入れると…

「閲覧者なんているのかなあ……」
ついつい気になってしまい、10年来のニフ会員である私は「6月末まで無料」の文字に踊らされてココログプラスというのを使っています。裏でちゃんとアクセス解析が出来るという特典があるからです。

それを見ると、ごく少数の方にしか読んで貰ってない私のblogなのですが……。
(カッコ悪いのでオモテにカウンター表示するのはや~めよっと。(^o^))
なぜか水曜夜から木曜~金曜にかけて、グ~ンとアクセス数が増えるのです。
タイトルや本文の中に「光とともに」の文字列が入ってると、このドラマ&原作のファンや自閉症関係者がネット上の各種検索機能を経由してここに紛れ込んで来るんでしょうね、きっと。
で、そういう皆さんは、私の小説などには興味などないご様子で……。(; ;)

「光とともに」も私の小説「ぼくうみ」も、監修してくれたの、同じ先生なんだけどなあ。
…って、そんなことはあんまり関係ない、か。(^^;

今映画としてもヒットしている「世界の中心で愛をさけぶ」の小説も、1年目には売れず、2年目から口コミで売れ出したとのこと。
私の小説も2年目。口コミで広がってくれたりすると、映画化の話なんかも来てくれるだろうけどなあ。
…って、そんなに世の中甘くない、か。(^^;

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2004.05.19

光とともに… 6話

「この子らに世の光を…」ではなく「この子らを世の光に…」みたいな話でした。(^o^)

ウチの息子も小一の時、学校を抜け出して500mほどにあるバイパスを渡ろうとしているところで、車で通りかかった方に取り押さえ貰って危機一髪という経験があります。時速100kmの車がひっきりなしに往来している国道です。しかも、車を避けることすら知らずに猪突猛進していた頃です。渡っていたら、間違いなく轢かれていたでしょう。

生死の境はまさに紙一重と言えるのかも知れません。個人的にですが、電車に轢かれて亡くなった自閉症児を何人か知っていますし……。
なので、ウチでは、もし事故に遇ってしまった場合は、寿命だと考えるようにしてきました。行方不明は日常茶飯事だったので、そうでも思わないととてもじゃないけどやってられませんでしたし……。

それにしても、料亭の女将(?)役の淡路恵子さんのセリフ、リアルだったなあ。
かなり厳しい意見だけど、あのような意見をもつ人も、実はかなりいるってことを肝に命じておかなければって、あらためて思いました。
すぐキレるもんなあ。> 自分 (^^;

「あなた、障害とか自閉症とか言い過ぎてませんか?」
あはは、口が酸っぱくなるほど言ってたっけなあ。> 自分 (^^;

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2004.05.18

ぶどう社との出会い

なんていうか、懸賞募集はどうにも私の体質に合わないようでして……。(^o^)
どうせ落ちるに決まってるのに、わざわざ応募するなんて、そんなのは絶対当たりっこない宝くじを買うのと一緒だあ~、と。。。(^^;

そんな無駄なことするより、直接どこかの出版社に持ち込んだ方が本になりやすいような気がしたわけでして……。
ただ、持ち込むとなると、コネがまったくないわけで……。

ん? 待てよ……。
あ、ありました。たったひとつだけ……。
一方的に私の方が知り合いだと思っている出版社が……。

ぶどう社の市毛さんとの出会いは、私が障害児の放課後施設を立ち上げた直後の頃なので、今から10年近くも昔のことになります。
施設を立ち上げ、知名度アップのための会報を作ってはみたものの、配るところがなく、なんとなく福祉の本を出しているぶどう社宛に送ってみたのです。
そしたら、市毛さんが電話をくれまして、ぜひ会おうと言ってくださいまして……。(^o^)v

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2004.05.17

読んでくれてありがとう

大学の先輩であるプロの小説家には思いっきり不合格の烙印を押され……。
一方、自閉症児の母親には思いっきり感動され……。
いったいどっちが正しい評価なんだろう???
それを知りたくて、いろんな人に読んで欲しいとお願いしてみました。

知り合いの自閉症児の父親のM.Fさんに。看護学校のことを取材させて貰った現役ナースのA.Kさんに。障害児の親となってから最も尊敬しているY.Oさんに……。
この3人にはおおむね好評でした。

そしてとりわけ嬉しかったのは、Y.Oさんの紹介で読んで頂いたY.Mさんからの評価でした。
このY.Mさん、かの有名な歌人 俵万智さんの発掘者でもある方とのこと。
そんな方から絶大なる評価を頂き、さらにおまけになんとまあ、修正の赤ペンまで入れてくださいまして……。m(__)m

こうして、なんとか自信を回復した私でした。(^^;
それでも、懸賞募集に出す気にはやはりなれませんでした。
だって、懸賞募集の審査員ってのは結局のとこ、最初に不合格の烙印を押してくれた先輩のお仲間サン達なのですから……。

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2004.05.16

最初の読者

その一方で私は、ごく普通の読者として作品を読んでくれる人を探していました。プロの目とかとは関係のない、普通の人の普通の感想を聞いてみたかったからです。
とくに、自閉症のことなんてまったく知らない普通の人に読んで欲しいと思ってました。
だけど、これがなかなか見つからず……。
昔は、友人が懸賞募集に出す脚本を読んでくれて、いろいろ批評してくれたものでした。でも、今となっては、みんな仕事してるし、みんな子どももいるし、そんな暇な奴、まずいません。

結局、最初の読者は自閉症関係者でした。知り合いの自閉症児のお母さんです。
メールでなにかの業務連絡をしたついでだったような気がするのですが、「読んでみてくれますか?」と言ってみたところ、気軽に読んでくれたのです。

「もうボロボロに泣いちゃって……」それが彼女の感想でした。
あれ、すごく嬉しかったなあ……。
そして彼女は、出版が決まった後、わざわざ応援HPまでつくってくれまして。もう感謝感謝です。m(__)m

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2004.05.15

自己嫌悪

落ち込まなかった、と言ったらウソになります。
ただ、先輩に対して、怒りとかそういう感情は全然ありませんでした。かえって感謝したぐらいです。
アニメ界に入るきっかけをつくってくれたのもこの先輩ですし、それまでもいろいろ世話になってきたからこそ、きっちり言ってくれたわけです。でなければ、適当にヨイショしてくれるものだし。

ただ、自閉症を知らない、鬱や引きこもりと混同されているってのは、要するにこういうことなんだよなあ……ってしみじみ痛感させられました。

ショックだったのは、小説としての出来が悪いこと、というよりも……。
そもそも私はこの作品を、自閉をまったく知らない人に自閉をわかって貰おうと思って書いたのです。それなのに、私の作品はどうやら自閉を知らない人にチンプンカンプンな作品らしいのです。

そんなレベルの作品が懸賞募集で入選出来っこないのは、当然なわけで……。
脚本家としての才能もなかったけど、小説の才能はもっとなかったってことか……。(; ;)

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2004.05.14

素敵な感想 (; ;)

小説として読めるレベルに達していない。
30ページぐらいで読むのが辛くなった。
登場人物にリアリティがない。
サラッと書いてしまっている。
安易過ぎる。
達観し過ぎている。
説明がつらい。
プロの目から見ると逃げているのがわかる。
アニメのシナリオっぽい。現実感がない。
大人には読めない。
調べて書きましたって感じにしか読めない。
たいした事件もない。
なんのドラマもないって感じ。
普通の人は最後まで読まないだろうな。
編集者も最後まで読まないだろうな。
苦しんで書いてないよな。
期待してたけど、期待してたものがなかった。
キャラクターの一人一人が掘り下げられていない。
どの登場人物にも感情移入出来ない。
「心のセリフ」を書かずに心情を伝えるのが小説。
主人公が普通に思える。
自閉症って何なの?
可哀相でもなんでもない。
五分の一の長さで書ける内容。
編集者には全部書き直しと言われるだろうな。
いっそのことこの話は捨てて、他の話を書いた方がいい。
経験が弊害になっている。
これを応募するのはツラい。
もっと苦しんで書いた方がいいよ。

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2004.05.13

先輩の小説家

大手出版社にコネはありませんが……。
大手出版社から何冊も本を出している小説家には知り合いがいました。大学のゼミの先輩で、今では新進気鋭と言われてかなり有名な人です。私の結婚式にもわざわざ来てくださった方です。
そこで、失礼だよなと思いつつも、さんざ世話になったついでだと自分を奮い立たせ、久しぶりに電話をかけて、懸賞募集に出したい作品があるけど読んで欲しい、と頼んでみました。先輩は快く了解してくれました。

ところが……。
悲しいかな、感想と批評は、待てど暮らせど戻ってきません。
そして、待ちくたびれた頃に、その電話はありました。
「んーとさあ……」
受話器の向こう側の先輩は、かなり言いにくそうな感じでした。
「ほんと、遅くなって悪かったな。でもさ、なんて言うかさ。だけど、締切りも近いし、相手がお前だからさ、言っとかなきゃなと思ってさ。落ち込むなよな。はっきり言うけど……」

私は、まあ、受話器を置くことも出来ず……。

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2004.05.12

光とともに… 5話

うーん、今回のシチュエーションには、ちょっとまいりました。
ウチの息子の場合、テレビで出てきた光クンの絵よりもっとはるかに低いレベルだったからなあ……。
ウチの息子より出来ない子は、まずいないような環境でずっときたからなあ……。
だから、ああいう親の心理はさんざ経験してきました。
平気な顔してても、結構ボディブローなんだよなあ、ああいうのって。(^^;

重度軽度の問題って、いつもあると思います。
重度の親は、軽度の子を見ていろいろ出来るからと羨ましがっていて……。
軽度の親は、重度の子はケアが厚いからと羨ましがっていて……。

もえちゃんの母親は、障害とかと関係なく、光クン家族を羨ましがっていて……。

いずれにせよ、人間は自分の下あたりに線を引くっていう理論、間違っていないよなあ、なんてあらためて思ってみたりもして……。(^^;

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2004.05.11

懸賞募集、ふたたび

1~2月を執筆期間にあてたのには理由がありました。それは、3月末にいくつかの文学賞の懸賞募集の締切りがあったからです。
小説なんて、書いてみたところで、本として印刷して流通に乗せてくれる出版社が見つからなければ、単なる“趣味”です。

だけど私には、アニメプロダクションには多少のコネはあるものの……。(^^;
出版社などにコネなんてありません。(; ;)
となれば、懸賞募集に応募してみるぐらいしか方法はありません。
間違っても自費出版みたいな素人の道楽はするつもりはありませんでしたし……。
(ダテにプロの脚本家をやってなかったぞ、みたいな自負だけはあった)
だからといって、懸賞募集は脚本の習作時代にさんざ懲りてもいるわけで……。
だから、踏ん切りがつかず……。

一度応募してしまうと、ひっかかっていようが落ちていようが、入選発表までの半年間ぐらいは作品を動かそうにも身動き出来なくなってしまうわけで。
それより、直接どこかの大手出版社の持ち込んで読んで貰った方がいいかなあ、とも考えてしまったりもして……。

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2004.05.10

執筆

「ぼくうみ」は、一去年の1月と2月で、過去のシナリオを参考にして書きました。この2ヶ月間、私が代表をしている障害児施設の仕事は、給与計算等の事務仕事以外、ほぼ丸々休ませて貰いました。
無責任だとか我が儘だとか贅沢だという保護者の意見もありましたが……。
私がいなくても日々の活動に支障が出ないようにちゃんと準備したし、本業である物書きのために、有償ボラ程度の給料しか貰っていない仕事を休んで、なんで我が儘とか贅沢とか言われにゃならんのよ、っていうが本心でした。

施設を始めて、4年目。いつしか脚本家としての仕事の受注がこなくなり……。
最初の頃は何も書かなくていいゆえか慢性胃潰瘍もなくなり、その気楽さが快感でした。が、その一方でだんだんと欲求不満がたまっていく始末……。

施設の運営は、まあ、仕事といえば仕事なのですが、弱肉強食の世界で成功報酬だけをギャラとして受け取れるという物書き稼業を生業としてやってきた身としては、どう都合よく考えても仕事をしているような感覚が持てないのです。年収が物書き時代の3分の1になってしまったし……。(; ;)

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2004.05.09

で、その本は…

「むちゃなぼくと白いハト」という本です。
で、とある会議の最中に、私はその本を読もうとしました。そしたら横にいた女の子(ただし二人の子持ち)に横取りされて、先に読まれてしまいました。
感想は「けっこういいじゃん」でした。

で、やっと読もうとしたら、またそのとなりの男の子(ただし重度のアトピー持ち)に横取りされ、またしても先に読まれてしまいました。
感想は「もっといいたいことをストレートに書けばいいのに」でした。

で、私は今、読み終えたところです。
感想は「うーん、文学的だなあ」って感じです。
一読の価値はあると思います。

アンパンマンの脚本を書いてた頃、幼稚園以下の子どもにわからない作品は大人にも感動されないって言われたっけ。
その頃から、私、自分ではむずかしい話は書かないようにしています。わからないって言われるのって悔しいから……。(^^;

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2004.05.08

記念日

「今日と明日、ぼくうみ記念日ですね」と読者の一人の方からメールがありました。

そういえばそう。この小説は「ゴールデンウィークがおわった直後の週末の土日」の一泊二日の物語という設定なんです。
しかも、ゴールデンウィーク中はずっと天気が悪く、休みが終わった直後の週末はとっても天気がよかった……。
まさしく今日みたいな天気、なのかな。(^^;

思わず海にでも行きたくなるような日和でしたが、私は部屋にこもり、ずっとPCに向かって某福祉施設HPの修正をしていました。担当していた職員が辞めてしまい、他の職員にはまったく知識がなくて更新すら出来ず、私がSOSを依頼されたのです。
自分の施設のHPの更新はまったくせず、ここや他の施設のHPばかりをいじって遊んでばかりいる私って一体!? (^o^)

途中、ちょっとバイクで散歩に出て来まして、大和の駅ビルの本屋まで行って、一冊の本を買ってきました。その本の話は、明日にでも……。

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2004.05.07

懸賞募集

さて、書き上げてはみたものの、読んで貰う相手はおろか、発表の場所すらありません。その頃の私は、自分の長男が自閉症かも知れないなんて仕事仲間に話してもいませんでしたし。

で、私は何を隠そう、自分がプロであることなど知らん顔で、ペンネームを使って某テレビ局の懸賞募集に応募しちゃったのでした。
ちなみに私、習作時代には、それこそたくさんの懸賞募集に応募しましたが、残ったことはまったくなく……。
仲間うちの中には、入選や佳作に入った奴が何人もいました。でも、賞にまったく縁のなかった私だけが、なぜかプロとして生き残っていました。(^^;

その時の結果は、やっぱり落選でしたが、かなりいいところまで残ったように記憶しています。
しかし、あの時の原稿はどこへ行ってしまったんだろう???
そんなことがあったゆえ、知る人ぞ知る、某ドラマでの「ぼくうみ」盗用騒ぎが起こったりもしたわけで……。
懸賞募集になんかに匿名で出してしまった私の自業自得とも言えますが……。(^^;

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2004.05.06

心の扉、ねえ・・・

「ぼくうみ」を書いたのは約2年前ですが、原型となるストーリーを脚本の形の原稿として書き上げたのは、実はかなりの以前のことで、メモを見ると、平成5年の1月となっています。
ということは、中二になった自閉症の長男がまだ2歳4ヶ月の時……。

その当時はたしか、診断はおろか、診察もろくに受けていなかったはず。そんな頃に私は、自分の子を独断で自閉症と決めつけ、この小説の原型を書き上げてしまっていたわけです。
その時に書いた原稿のデータは、私を思いっきり赤面させてくれます。自閉症を勝手な憶測と解釈で描いているからです。(^o^)

ちなみに、その時につけたタイトルは「心の扉」です。
自閉を知らない人達に自閉症のことを勘違いされてしまうのも無理ないよなあって、自分の原稿を読むとつくづく思ったりします。(^^;

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2004.05.05

光とともに… 4話

観ました。ちゃんと。(^o^)v
自閉症の親を長らくやっているゆえ、ツッコミたくなるところはそりゃ多々あります。
でも、それを言うと同業者への嫉妬と思われてしまいそうなので、やめておきます。(^^;

安心して観られるドラマになってきましたね。
自閉症のことをほとんど知らない人が観てくれたら、感動的だし、きっと泣けてしまうだろうし、理解してあげたいなと思ってくれそうで、素敵です。

私は、個人的には萌チャン母子に感情移入してしまっています。
ああいう家庭、実は一番多いんじゃないのかなあ、って。
あんな感じのシーン観てると、ウチは障害児でよかったなあ、って。
……そこまで言うのは大袈裟かな。(^^;

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2004.05.04

自閉症のドラマと言えば・・・

「光とともに…」がオンエアーされていて、平均で15%近くの視聴率を保っています。
自閉症の割合が1000人に2~3人、自閉症スペクトラムの割合が100人に1人と言われている今、7人に1人もの人がこのドラマを見ているということは、かなりすごいと言えそうです。

原作、いや、原案は戸部けい子さんの同名の漫画「光とともに…」です。
最初の頃はほとんど知られていなかったのに、口コミで噂が広まり、今では1~5巻合計で100万部以上売れているとのこと。たった3000冊でアップアップしている私の作品とは、もはや比較にもなりません。(; ;)

でもなあ、今から約2年前、1巻の出版記念パーティーのときには、私も呼んで貰ったんだけどな……。
やっぱり売れないと、映像化は難しいんだろうな……。

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2004.05.03

はじめまして

虹父と申します。m(__)m
この「ぼくはうみがみたくなりました」という小説は、2002年の10月に、福祉専門の出版社「ぶどう社」から刊行されました。
あ、けっして今流行りの“自費出版”とは違います。自腹は一切きっていません。(^o^)

なぜ福祉専門の出版社から、なのかと申しますと、主人公が自閉症だからです。
小さな出版社からの刊行ゆえ、ふつうの本屋さんにはまず置いてありません。出版社同士の力関係というものがあるらしく、そう簡単には置いて貰えないのです。ゆえに、予約注文となります。
というわけで、あまり……いや、ほとんど売れてません。(^^;

ここを通りかかった方が興味をもってくれて本を注文してくれて、、せめて初版の3000冊が完売したら、ぶどう社の社長にも顔向け出来るかなと思い、ここを立ち上げてみた次第です。(^^;

このBLOGとやらの仕組み、まださっぱりわかっていません。でも、最初から読んでくれる人がいるわけでもなし、まあのんびりやってってみようと思います。
もしご縁がありましたら、よろしくです。m(__)m

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