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2004.07.31

第2段階~否定・拒否の時期

否定は…しようがなかったです。
当時は脚本家稼業が本職。自宅仕事がほとんどなので、いつも背後に長男がいるような状態。その長男がパニック的に号泣するので、仕事に集中などまったく出来ず……。
サラリーマンの父親だと、家にほとんどいないので気づかないってケースが多いんでしょうけど……。

拒否は…そりゃ出来るものならしたかったけど、これも特になかったような……。
しょうがないのかなあ、って感じで、私の場合、泣きたい気分なんだけど涙ってのは不思議なぐらい出ませんでした。

自閉がわかった頃から約半年、ほとんどなんにも仕事しなかったっけ。
その間、何をしていたかと言えば…図書館から自閉症絡みの本を借りて来ては読み漁ってました。当時の図書館にあってタイトルに自閉症と入っている本はおそらく全部読破してしまったと思います。(^^;

その結果、自閉症の机上の理論のような知識だけを頭の中にため込んでしまい……。
今でこそ、そういう頭でっかちの自閉症児の保護者を見るとつい笑ってしまったりするのですが、当時は自分自身がそのものだったようで……。(^^;

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2004.07.29

第1段階~ショック・衝撃の時期

自閉症児の親って、どういう感じでこの第1段階を迎えるんでしょうね。
自閉症の症状が一人一人違うように、親の反応も一人一人違うとは思うんですけど。
でも、その最大公約数的なものって、なんていうか、やっぱりあったりするような気がします。

私の場合は、「ガーン!!」なんていう衝撃を受けたとかの記憶はまったくありません。
漠然とした重たい虚脱感に頭の中も体もすべて支配されてしまったような、そんな感じだったように覚えています。
「あー、そうだよな、やっぱり…」っていう感じというか。。。

このへんが、出産直後に診断を受けてしまう染色体異常などをもつ子の保護者と違う部分なんだと思います。
知り合いのダウン症児の父親の場合は「後頭部をスコーン!! と思いきりブン殴られたようなショックを受けた」という表現をしてました。
自閉症の場合は、どうにも様子が変で、それで不安になって、それで相談等に出向き、さらにしばらく経ってから診断に至るケースが多いゆえ……どうしてもボディブローのような感じのショックになってしまうような。。。
子育てを母親に任せっきりで仕事に逃げてる父親の場合は「後頭部スコーン!!」ってタイプもいるようですが。。。(^o^)

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2004.07.28

0.98段階

どこで知識を仕入れてきたのか覚えていないのですが、いつしか私の頭の中に自閉症という単語が住み着くようになりました。
仕事の打ち合わせ帰りに、都内の書店でタイトルに自閉症という単語が入っている分厚い本を見つけて、衝動的に購入。それを読んだのが、はじめての自閉症体験でした。

ちなみに、今でもウチの施設の本棚に並んでいるその本は、「自閉症の謎を解きあかす」ウタ・フリス著(東京書籍)です。
あんまり初心者が読むような本ではなかったようで……。(^^;

ただ、難解ながらも読み進めていくうちに、息子の自閉症を確信していったように覚えています。

で、このあたりまでくると「人間の心理的反応の4段階」の中の「第1段階~ショック・衝撃の時期」に突入しているような気もするのですが……。
自閉症の場合、ダウン症等とは違ってきっちり告知されるわけでもなく、ボディブロー的に意識してゆくものなので、境目がどのあたりだったのか記憶にありません。

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2004.07.27

0.95段階

……というわけで、刻んでいます。(^^;

夜泣きがメチャクチャひどくなり……私は腹を立てて虐待もどき!!(?)みたいなこともありました。
車に乗ると寝るので、夜のドライブに出ることもしょっちゅうでした。
で、ようやく寝て、家に戻って来てエンジンを切ると、また泣きだしてしまうわけで……。
なので仕方なく、夜中じゅう車を運転してるときもありました。

NHKのみんなのうたを録画したものや、童謡のビデオがお気に入りで、同じものばかり観ていたのもこの頃だったように思います。
でもって、ある特定の曲を聞いたり、親が歌ったりすると、その曲が嫌いなのかパニック的に泣きだしたりして……。

ウチは夫婦でメガネをかけているのですが、このメガネが外せないことも困りました。
長男は親の顔からメガネがなくなるとパニックを起こすのです。そんなにメガネが好きなのかなあ、なんて思ったものです。

中途半端に開いたドアや扉も嫌いでした。必ず全開か完全に閉まった状態でないと納得しないのです。

そんな意味不明のこだわりが、日々増えていくという感じでして……。
今思うと、どれもこれも自閉症の典型的な症状っていうのがわかるのですが、当時は自閉症の知識などまったく持ってませんでしたし……。

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2004.07.26

10年ひと昔というけれど・・・

ちょっと話がズレますが……。
ウチの長男は、今年で中2です。以前は中度の部類と言われていましたが、アスペルガー全盛(?)の最近では、かなり重度の部類の自閉症です。
なのに、そんな息子が2歳になった頃、私自身は息子の状態がそんなにひどいとは思ってなかったような……。
で、実際自閉症と診断されたのは、もっとずっと後になってからのことです。

ところが最近は、1歳前後で自閉症と診断されるケースが多いようです。
これはどうしてなんでしょう?
自閉症が周知されてきたから、なんて言われてたりもしていますけど……。
ほんとにそうかなあ?
だって、自閉症診断のちゃんとした知識と技術をもった医師って、そんなに増えていないって誰かが言ってたような気がしますし……。

私には、なんていうか、知識の乏しい医師免許を持った方が、独断的な判断のみで自閉症の診断を出しているケースが多々あるように思えて仕方ないのですが……。
即日の自閉症診断なんて、10年前だったら信じられません。
症状があまりに顕著であれば、別なのかも知れませんけど……。

1歳ぐらいで、即日アスペルガー診断を下す医者なんて、どうにも怪しく思えてしまい……。(^^;

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2004.07.25

0.9段階

長男が2歳のとき、次男が誕生しました。(誕生月が一緒なのです)
で、嫁さんが出産のために入院している最中……このときは長男のときとは異なり、帝王切開というわけではなかったので、数日だけでしたが……私は長男の面倒を一人でみていました。たぶん。
(たぶん、というのは、よく覚えていないからです)

ということは、長男の状態はまだそれほど大変ではなかった、ということです。大変だったら、ギブアップしていたはずです。
全然喋りもしませんでしたが、私自身、それほど深刻に心配がってもいなかったような気がします。おそらく。
(おそらく、というのは、よく覚えていないからです)

大変さが増してきたのは、2歳の誕生日から数ヶ月経ってから、のような気がします。
歩き出したのはいいけど、そのままダッシュする。
しかも、ダッシュのまま行きつけの公園までダッシュする。
決まった場所で決まった儀式(たとえば、決まったマンホールを上でジャンプするとか、決まった塀の横穴を覗き込むとか、決まった場所で道路を横断するとか、決まった場所のドブの溝に入るとか)を毎回繰り返しながら……。
特に困ったのが、車の前に飛び出すことです。ダッと飛び出しては車の前で立ち止まり、数字への興味なのでしょうか、ナンバープレートを見ている……。

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2004.07.23

0.8段階

生後10ヶ月目ぐらいから、ちょっと気になることを感じるようになりました。
目をやたら眩しそうにする。親がいなくても全然平気。表情が乏しく、人形みたいな顔をしている。時おり絶叫のような泣き方をする、等々。。。

大学の先輩の子なんかにも会って、女の子でペラペラ喋る子だったのですが、1歳ぐらいでもこんなにも成長の度合いが違うのか、と思って落胆したこともあったなあ。

それでも、1歳前には立って歩けるようになり……もっともハイハイをまったくしないままでしたが……「待てー!!」というと逃げ、「逃げろー!!」というと追いかけてくる、みたいな遊びも出来ていました。

定期検診では、回を重ねるごとに問題点が増えてゆき。。。
言葉を出ないことと指さしをまったくしないことは、きっちり指摘されました。
それでも、まさか障害児だとは思っていなかったような。。。

1歳半検診の後、聖マリアンナの言葉の教室を紹介されて、通うようになりました。
それでもに、まだ障害児だったと思ってなかったような。。。

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2004.07.22

0.5段階

生まれてから半年は、ほんと、なんの問題もなかったような気がしています。
だって、ほとんど何も覚えていないんでもん。(^^;
ふつうに飲むし、ふつうに食べ始めたし、ふつうに寝るし、ふつうにウンチもオシッコもしてたし。病気もなければ、アトピーもない。超健康優良児……。
生まれた直後は、そりゃサルみたいでしたが、しばらくすると、見た目が私の息子じゃないぐらいにカッコよくなり、みんなに褒められました。ジャニーズ系だって。

当時、私は、当然脚本家業が本業でして、その関係でテレビ関係のあっちこっちに顔を出していて……。
息子の写真を持ち歩いている親バカでして……。
「この赤ん坊はゃいける!!」とか言われて、立ち上がる頃になったら某オムツの包装の写真に、と依頼されたりもして、鼻高々でしたっけ。

当然、自閉症にジャニーズ系が多いとか、立ち上がった後に超多動がやってくるなんて想像すらしてなかったわけで……。

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2004.07.21

0段階

かなり記憶が曖昧なんですけど……。

ウチの長男は1992年の秋に生まれました。3800gぐらいだったかな。
夜中にウトウトしていたら、嫁サンがアッ!! と言うので、おっとF1(当時は亡きアイルトンセナが全盛の頃だったような)を観損なうところを教えてくれたのかと思いきや、全然違い、破水したとのことで……。
夜中に車に市民病院に連れて行き……。
でも、日曜の夜だったので、先生もおらず……。
薬かなんかで出産を翌日回しにされて……。
帝王切開にて長男はこの世に出てきました。

ウチの息子は逆子でして……。
後で聞いた話によると、母子ともに死ぬか生きるかの瀬戸際だったとのこと。
でも、生まれた後はなんの問題もなく、出産の頃の話は笑い話になっていました。

家に帰ってきたのは1ヶ月後ぐらいだったのかな。
帝王切開だと手術になるので、いろいろなお金が戻ってきて、なんか得した気分になった私でした。(^^;

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2004.07.20

人間の心理的反応の前段階

自閉症の親の場合、心理的反応の4段階、の前段階ってのもあるわけです。
それは何かというと、自分の子どもに障害があるなんて思ってもみなかった時代……。

ダウン症などの場合は、生まれてすぐに障害を告知されることになりので、前段階はほんの数日しかありません。
でも、自閉症の場合は違います。早くても1歳頃までの1年間。最近は軽度の場合でも2~3歳で診断されるケースが多いので、それまでは間は平和な前段階の期間があるわけです。
で、その頃は、程度の差こそあれ、五体満足に生まれた子どもはふつうに成長し、ふつうに学校に行き、ふつうに大人になっていくと誰しもが思っていたと思うんです。
おそらくは自閉症なんて言葉も知らないままに……。

その頃……0段階とでも言えばいいのでしょうか……そんな長男が赤ん坊だった頃のことって、私の場合、実はあまりよく覚えていません。
ときどき、なんか変だよなあなんて感じることもありましたが、あまり深く考えることもせず、なんとなく日々を当たり前に過ごしていたような感じがします。

でも、そのあたりのことから、なんとか思い起こしてってみようかな、と思います。

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2004.07.19

人間の心理的反応の4段階+@

実際、私の場合、第1段階から第3段階までは、息子が自閉症とわかってから半年ぐらいの間に一気に通り過ぎてしまったような気がしています。

だからと言って、すんなり第4段階に進めるわけでもなく、第3段階と第4段階の間を行ったり来たりしているような感じとでも言うのでしょうか。
なんていうか、3.7段階あたりのところまでは進めるのだけど、それ以上の段階にはどうしても進めないとでもいうのか……。
息子を受容できているわけでもなし、落ち込むこともしょっちゅうだし……。

振り返ってみると、自分自身、結構頑張ってきたようには思っています。
売れない脚本家稼業なんて限りなくプータローと一緒。時間もたっぷりあったゆえ、息子のためになればとばかりにいろんなことをしてきました。
障害者青年学級のスタッフに参加して自閉症を含めた百人以上の障害者と一緒に遊び回るわ、障害児の放課後施設を立ち上げるわ、障害児の父親の会も立ち上げるわ、自閉症の小説まで書いてしまうわ etc.etc.....。

そんなわけで、かなりくたびれてしまっている今日この頃。
いつまでも倦怠期でいたくはないんですけどね。(^^;

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人間の心理的反応の4段階

「とある学者サンが癌や障害の告知、身内の死など、受け入れ難い状況に直面した時に見られる人間の心理的な反応について4段階に分類している…」という話を、障害児関係の本の執筆している専門家の多くの方々があちこちで引用しています。

第1段階~ショック・衝撃の時期
第2段階~否定・拒否の時期
第3段階~悲しみの時期
第4段階~受容・立ち直り・昇華の時期

これ、結構説得力がある分類だと私は感じています。
で、私の場合、この4段階に加え、障害児の親のケースには3.5段階目があるような気がしています。

第3.5段階~ひたすら頑張らずにはいられない時期

そして、この3.5段階目にいる親が実は一番多いのでは、と思うのです。
4段階目とイコールなのでは? という意見もあるのですが……。
でも、自分としては3段階目は越えてるいる気がするけど、4段階目に進んでいるなんてとてもじゃないけど言えない。そう感じてる人、多くありません?

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2004.07.18

気がつけば自閉症児の親歴10年選手

なんか、あっという間に自閉の息子も中二。身長は170センチ。体重は60キロを超え、足のサイズは27センチ。父親である私自身の体格はまだなんとか息子を上回っていますが、母親はもう完璧に見下されいて、思春期絡みの息子にまるで奴隷のように扱われてしまう始末……。

このあたりの頃にさしかかった自閉症児の親って、もうかなり倦怠期モード。
早期療育と言って専門家を探して必死に駆け回って頑張るのは、せいぜい子どもが小学校低学年まで。それを過ぎると、自分の子どもはいくら頑張ってもどの程度のレベルまでしか伸びないってのがなんとなくわかってしまい、なーんかいろんなことが面倒臭くなってしまう。
まあ、このへんは20歳で生まれた子が自閉だった場合と、40歳で生まれた子が自閉症だった場合では、親の気力体力が全然違うので、一概には言えないのですが。
(私はその中間あたりってことになる)

でもって、ふつうは頑張る関心事が、子どもの個人的な成長ではなく、卒後の問題。作業所をどうするかとかグループホームをどうするか、みたいな方向に移って行くもんです。
(なんにもしない親は卒業ぎりぎりまでなんにもしないですけどね)

で、ときどきふと懐かしくなるのです。
なんであの頃は自分の子どものためにあれだけ一生懸命になって動き回れたんだろう、って……。

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2004.07.17

閑話休題

新シリーズで書こうと思うと、毎日の暑さも加わり、なんか妙にプレッシャーになってしまっておりまして……。(^^;
そんなプレッシャーを、以心伝心、私の愛用のディスクトップのパソコン君も感じてしまったのか、今朝突然立ち上がらなくなりました。
(箱はこだわりのWinDyなんだな、これが。(^o^)v )

なんとかセーフモードだと立ち上がり、でもモニターに映る画面は周波数のズレたテレビ放送みたいな状態。ノイズだらけの隙間をぬってなんとかエラーの文字を読むと「ディスプレイデバイスドライバが描画操作を完了できませんでした。不安定なため応答できません」云々……。
蓋をあけてグラフィックボードを触ると、火傷しそうに熱い!! こりゃもしかしたら熱暴走かな、思って様子をみることにしました。
で、お昼過ぎになり、再起動してみたところ、なんとも呆気なく立ち上がり、ホッとしたのも束の間、夜になってまた立ち上がらなくなり、今度は重症でついにはセーフモードでもウンともスンとも言わなくなってしまう始末。(; ;)

私はどうにもハードに弱いので、こりゃ修理に出さなきゃダメかなあ、なんて思い始めた頃、以前息子のパソコンのディスプレイを液晶に変えたとき、相性が悪くて外しておいた古いグラフィックボードがあったことを思い出し、ものはためしと挿してみたところ、あっけなく起動。で、もう一度今まで使っていたボードを挿してみたところ、こっちはやっぱりダメ。ということは、原因はこのクソボード……。

実は先週、コーヒーをキーボード上にこぼして一台オシャカにしておりまして。私が使ってるの、親指シフトなんで、こいつで12000円の出費。(; ;)
で、今度は20000円近くがボードがオシャカになり……。(; ;)
結局、性能的には半分以下だけど、連続の出費ももったいないので、お古のグラフィックに頑張って貰うことにしました。
しかし、こんなもんが普通に使ってて壊れるなんてなあ。雷に打たれたわけでもなし。まだ使い始めてたった半年だぞーっ!! > RADION9200系 (-_-)

って、こういうどうでもいい文章だと、スラスラ書けるんだよなあ……。(^^;

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2004.07.14

うーむ・・・

さっそく手記バージョンで書き始めようと思ったのですが……。
ちょっと考え込んでしまってます。

なにをどう書いていいのやら……。
どうにもうまく書けん……。

しばし、検討の日々をください。m(__)m

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2004.07.13

そして、これから…

「ぼくうみ」に関して書き残しておきたいこと、この2ヶ月ちょっとでほとんど書き尽くしてしまい、なんていうか、ネタがすっかりなくなってしまいました。(^^;
実はここのココログ、自分自身でこの小説に関しての思いを総括しておきたくて、それで作ってみたようなとこがあります。誰かに読んでもらうというより、自分のため、という部分が大きかったんです。そういう意味では、私のここを作った目的はある程度達成したかな、って思っています。

でも、だからって、最近では一日にのべ100人近くも覗いてくださるお客さんがいらっしゃるので、「もうやーめた」なんて簡単にも言えんしなあ……。(^^;
だからって、漫然と日々の日記を書くのも、なんだしなあ……。(^^;

で、ふと思いついたことががあります。
今から8年ぐらい前、「ぼくうみ」の原作となる脚本を書いた頃、ぶどう社の市毛さんに「自閉症児の父親としての手記のような本を出版したい」とお願いしたところ、「まだ早いよ」って言われて却下されたことがありまして……。
ここは一つ、もう一度父親の手記として出版できるようなネタをメモ書きのように日々書き綴ってみようかな、と。。。

あ、「ぼくうみ」の映像化に関しては、出版から2年は頑張ると決めていたので、たとえダメもとでも、もう少しあれこれ足掻いてみようとは思っていますです。m(__)m

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2004.07.12

アスペルガーご本人の小説

成澤達哉さんの書かれた「Myフェアリー・ハート ~わたし、アスペルガー症候群~」(文芸社)を読ませて頂きました。
小学5年生のアスペルガーの女の子が、学校でいじめに遇い、転校をし、でもその先の環境には恵まれ、新たなる目的に向かってトライしてゆく・・・までが描かれています。
(ちょっとネタバレし過ぎでゴメンね。> 成澤さん)

成澤さんは、28歳でアスペルガーを診断を受けたとのこと。自らの体験をもとに、「アスペルガーの人は人間界に迷い込んだ妖精である」をコンセプトに、アスペルガーの大変さとご自身の思いを小説に託して執筆されたとのことです。

私自身はカナー型の重度の自閉症児の父親であり、アスペルガーの方との直接のお付き合いもないので、正直言ってアスペルガーの方の感覚って、机上的な感覚でしか理解できていません。
が、この小説には、成澤さんご自身が自らの成長の過程で辛く感じていたあれこれが凝縮されるかたちで描かれていて、なるほどなって思える部分が多々ありました。
ただ、やっぱり理解できない部分もありました。(^^;

ちなみに、成澤さんは、私の「ぼくうみ」を読んで、自らの思いを本にするのに手記ではなく小説のかたちを選択したとのことです。
おぉ、私の小説、少しは役に立ってるじゃん。(^o^)v

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2004.07.11

プロデュース業って一体?

細々とですけど、「ぼくうみ」映像化に向けての営業はしてきました。
憧れというか夢というか……。
息子が自閉症とわかった時期に衝動的に頃に書いた作品です。
他の作品はともかく、これだけは映像化しないと自分自身が納得できないと思って、いろいろ動いてみました。

でも、やっぱり難しかったようです。
小説なら、出そうと思えば数百万で出せます。(私は出してないけど。ちゃんと印税貰ってるけど)
でも映像化するには、作ろうと思えば数千万の製作費が必要です。
私は脚本家の仕事の経験はありますが、プロデューサーや演出家の経験はないです。どうやったらお金を集められるか、どうやったら現場を動かせるか、などのノウハウはまったくありません。

ステップワゴンでドライブする話なので、ホンダに話を持っていったこともありました。でも、そのときも「個人としてではなく、製作会社か放送局経由でお願いします」と言われてしまい……。

だから、なんていうのかな、自閉症の子を持つプロデューサーとか監督がいないかな、なんて探してみたりもしました。
で、探してみるとそれなりには見つかるんだけれど、どうにも話を持っていく気にもなれず……。

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2004.07.10

映像への憧れ

私は、今でこそ障害児施設の代表をやってますが、つい5年程前までは現役の脚本家でした。執筆して映像化された作品は200本以上あります。まあアニメが多いんですけど。(^^;
でも、その中で、オリジナルのストーリーを使って貰えたケースというのは、ほんと限られた本数です。しかもそれは、企画内容がだいたい決まっており、その企画に合わせてのオリジナルストーリーです。
企画段階からオリジナルのものは、悲しいかな一本もありません。
オリジナルの脚本っていうのは、それこそ無数に書いてきましたけど、一本も映像化まで持っていけた作品はありません。

でもって、私はやっぱり脚本家根性の持ち主なんです。映像化されてナンボっていう感覚から抜けられません。結局は三流ライターの宿命というのか……。

小説なら、最近は自費出版社が隆盛ですので、それこそウン百万のお金さえ出せれば出版は簡単にできます。ネット小説でよければ、ほぼ経費ゼロで作品を発表できます。

でも、そういうのじゃ嫌なんだよなあ。映像化したいんだよなあ……。

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2004.07.09

謹呈

実は以前にも一冊、小説は出版していたりします。
だけど、それはなんていうか、漫画のノベライズであり、情けないほどの駄作で(漫画がではなく、私の小説が…)とても他人様に読んで頂くような作品ではありませんでした。
その証拠に、わずか3ヶ月程で絶版となり……。(^^;

「ぼくうみ」は違いました。内容に自信あるし、読んで貰いたい方が大勢いました。
で、特に映像化を意識して何人かに謹呈などさせて頂きました。

山田洋次監督もその一人です。「ぼくうみ」を原稿の段階で読んでくださったOさんの古くからの友人だったということを知っていたので、お願いしました。なによりも『学校』シリーズで2作も自閉症を採り上げている監督ですので……。
でも、「たそがれ清兵衛」で忙しかった頃だったからなあ……。

他にも映画関係者や、テレビ関係者何人かに謹呈させて頂きました。
でも、感想らしい感想はどなたからも頂けませんでした。
きっと貰ったモンって、ダメなんでしょうね。自分で買ったモンじゃないと……。
私も貰った本って、けっこう“積ん読”状態になってしまってるし……。(^^;

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2004.07.08

宣伝さえできたら……

実はもっと売れると思っていました。だって、内容には自信があるから。(^^;
すぐに二版に進めると思っていました。そうすれば初版にあるのたくさんの誤植が直せる……。
ところが、そんなに世の中甘くありません。
宣伝しない本は、結局は売れないのです。
口コミで広がった本、なんていうのも、実はたいてい裏に仕掛け人がいるものです。

で、私は、新聞広告は打てないけど、新聞の週末の書籍批評欄のページに取り上げて貰えば宣伝になるじゃん、と考えました。
で、私、知り合いに一人、某大手新聞でその欄に評論文を書いている方がいるので、さっそく「ぼくうみ」を送らせて頂きました。

しばらくして「ごめんなさい」という返事を頂きました。
あの欄に載る本は新聞社側から評論担当者に指定される仕組みになっている、というのです。ということは、指定される本というのは、やはり宣伝費を使っている出版社の本に間違いないわけで……。

それ以来、私は大手各新聞の書籍批評欄の有識者のコメントなんてまったく信用しなくなりました。(^o^)

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2004.07.07

続編を!!

「ぼくうみ」を出版して、とにかく本当に嬉しかったのは、読んでくださった方から数多くの感想を頂けたことです。
もちろん、作品との相性というのもあるし、あんまり面白くなかったという人もいるんだとは思うのですが……。
そういう人の感想って、結局私には届かないわけで。(^^;
だって「つまんなかったですよ」って連絡してくる人って、かなり性格的に……変ですもんね。(^o^)

ちなみに、ウチの母親は、とにかく読みにくくて仕方なかった、とか言ってました。
他にも、一章を読むのが苦痛だった、っていう感想もちょこちょこ聞きました。

でも、大多数の方々からの感想は「一気に読んでしまった」「映像が頭に浮かぶ小説だった」「思わず泣いてしまった」「こんな読後感のいい障害者モノなんて出会ったことがない」などなどのお褒めの言葉ばかりでした。

そして、一番多かったのが「ぜひ続編を読みたい」という感想でした。

でもなあ、続編書いても、あんまり売れない小説、出して貰えそうもないし……。
まあ、ストーリーは考えているんですけど、どうにも……。(^^;

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2004.07.06

毎日新聞の自閉症の記事

毎日新聞社会部の神戸金史記者が自閉症の特集記事を7月3日の朝刊より5日連続でに連載しています。
(参考記事はこちらこちら)

※記事が削除されちゃってるので、こちらにまとめてあります。

この記者さんは、雲仙普賢岳の噴火や阪神大震災などの災害を担当してきた方。そんな方が今、自閉症にこだわるのは、4歳児の自閉症児のお父さんだからだと思います。
このお父さんが自閉症を記事にしたい気持ち、すごくわかります。
自分の仕事は新聞記者。新聞記者として出来ることは記事を書くこと。だったら徹底的に自閉症を取材して記事にしていきたい……。

私も「ぼくうみ」説の原案となるシナリオを書いたの、自閉の息子が4歳の時でした。
私の仕事は脚本家。脚本家として出来ることは脚本を書くこと。だからその当時の思いを籠めて、自閉症を描いたシナリオを書きました。で、ドラマにしたくて足掻いてみましたが……ダメでした。(^^;

ちなみに、この記者さん、「ぼくうみ」を読んでくださってるはずなんですが……。
いや、忙しくって“積ん読”になってたりするかも……。(^^;

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2004.07.05

講演依頼

「ぼくうみ」を出版して、もう一つ嬉しかったことは、去年の3月、作家先生(?)の講演依頼と称して徳島県まで招待して貰えたことです。
といっても、ニフティのパソコン通信内のFEDHAN(障害児教育フォーラム)のフォーラムマネージャーであるLEO氏がわざわざそういう機会をつくってくださったからでして……。

赤石洋子さん(ありのままの子育て/自立への子育て)やハルヤンネさん(レイルマン/レイルマン2)は自閉症児の母親として、きっちりとした実践を本にまとめられ、なおかつ話もうまくて、あちこちからの講演依頼で引っ張りだこのようですが、私はダメです。
たかが自閉症の小説を書いただけの父親。
なおかつ“ぼくはおしゃべりがにがてです”(^o^)v

ただ、私の場合、小説に関してなにか喋れるわけでもなく、結局のとこ私の喋れる内容は、自ら立ち上げた障害児の放課後施設における実践話&自閉症児の父親としてのいい加減な考え方、程度しかなく……。
汗みどろ、シドロモドロになりつつ約2時間を誤魔化しました。(^^;

でも、はじめての四国、楽しかったあ~。
しっかり二日酔いで、帰りの高速バス&新幹線は地獄でしたが……。(^^;

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2004.07.04

出版記念パーティー

「ぼくうみ」の出版後、一番嬉しかったことは、親しい友人達が出版記念パーティーを開いてくれたことでした。しかも二回も。。。

一度目は、ニフティのパソコン通信内のFEDHAN(障害児教育フォーラム)関係の仲間たちが新宿の高層ビルにあるリッチなお店を借りてくれて……。
二度目は、町田の障害者青年学級関係の仲間たちが市内の福祉施設である喫茶店を貸し切りにしてくれて……。

気がつけば、私の周囲って、いつしか福祉関係者ばかりなんですね。
元脚本家なのに、そっちの業界の友人が全然いない……。
それはそれで、まあ、仕方ないのかな。福祉稼業が本業となってしまってるわけでもあるし……。

まあ、自分で決めたことだけど、なんていうか、やっぱりどこか淋しかったりします。
いい加減な脚本書き飛ばしてた頃に戻ってみたいなあ、なんて、ふと思う。。。

だから、小説なんか書きたくなったわけですけど……。(^^;

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2004.07.03

2ヶ月だあ

すごい、2ヶ月も続きました。> 日記@blog
この期間、休んだのはたった1日だけ。
(もう1日空いてる日があるんだけど、それは一身上の都合で自己削除したので、その日も書いたことは書いた)
究極の飽き性で夏休みの絵日記すら挫折していた奴が、よくもまあ60日間も、と思う。
まっ、蚊とり線香が煙も出さずにひと夏もつ時代だから……って関係ないわな。(^^;

以前、別のネット上の場所でこっそり日記を書いてたことがあったのですが。
その時も毎日だったのは最初だけで、そのうち1日おき、そのうち週2回、そのうち2週間に1回、そしてギブアップだったっけ。(^^;

そのこっそり書いてた日記をこっそり読んでた方の何人かが、ここもこっそり読んでくださってるようです。
で、実は前の日記に書いたことの焼き直しをここにも書いてたりするので、同じ内容を2度読みされていたりもして、照れくさかったりもするけど……。
まっ、ここ当分の間は「ぼくうみ」出版に関しての自己総括的な気分で書き綴っていくつもりでおりますので……。m(__)m

完璧にネタに詰まったら、別バージョンのネタを書く予定です。
ただし、タイトルはそのまんまでいこうと思ってます。なんだかんだいって、ここ経由で本の注文もちょこちょこ入るのでして……。(^^;
あ、その前に、いつまで続くかの方が問題かも……。> 自分

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2004.07.02

サイン

本を出版した相手が知り合いだったりすると「サインしてください」ってねだるのが、ある意味、礼儀だったりしますよね。
ご多分に漏れず、「ぼくうみ」を出版した当初、私もあちこちからかなり頼まれました。なんせ私が自分の本を売った相手って、当然の如く知り合いが大多数でしたので……。
で、実は私、恥ずかしがりながらも、スラスラ書いてたりしてました。(^^;
「こっそり練習してたんでしょ」なんて言われましたけど、特にそういうわけじゃありませんでした。

練習してたのは、もうずーっと昔の話で。オタク系アニメの脚本を書いていた頃、私みたいな奴のサインを欲しがる輩がおりまして。それで、その頃にいろいろ考えて練習したりしてたのです。
それを今頃になって使うことになるとは思ってもいませんでした。(^o^)

ネット注文の初期の頃の本は、サインの希望がなくてもサインの入った本をぶどう社から送って貰っていました。
幸いにも、表紙の裏側に落書きがあるゆえの交換依頼は一件なかったとのことで、ホッとしてます。(^^;

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2004.07.01

世界の中心で、愛をさけぶ

遅ればせながら観てきました。> 映画
ちなみに、原作の内容を忘れていたので、直前にもういちど一気読みしてから行きました。

原作にない柴咲コウ役が意外と効果をあげていたし、長澤まさみさんっていうんですか? 彼女が思った以上によかったです。
で、私としては、原作より映画の方がよかったです。原作を読んでしまっている場合、映画を観るとたいてい失望することが多いんですけど。この作品は、原作で描ききり損なっている部分を脚本と演出の段階で上手に埋めてくれてる、っていう印象を持ちました。
あ、あくまで個人的な感想に過ぎませんので……。m(__)m

この原作は1年目にはパッとせず、2年目になって大ブレイクした小説なんだそうです。
私の小説も1年目にはパッとせず、2年目になってやっぱりパッとせず……。(; ;)

しかし、40過ぎのオッサンが平日の真っ昼間、この映画を1人で観に行くんだから、なんだかなあ。(^^;

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