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2005.02.27

8ミリビデオカメラ

親の場合、子どものビデオって結構撮ってますよねえ?
産まれた直後の赤ん坊の頃はもちろん、やれ誕生日だ、やれ入園だ、やれ運動会だ、やれ発表会だ、やれ七五三だ、やれ入学式だ……。
で、最近でこそデジタルですけど、たいていはアナログ時代の8ミリビデオですよねえ?
で、撮りだめしてあるまま、ほとんど見やしないですよねえ? (^o^)

で、見ないかも知れないけど、見られないってのは腹がたつわけで……。(-_-)

ウチの8ミリビデオ、ヘッドがイカれちまったようで、まともに再生できません。
DVDに内容をコピーしようとしたんだけど、クリーニングテープで何度も清掃を繰り返したけど、結局ダメみたいです。(; ;)

で、8ミリビデオって売ってるのかな、と探してみて、愕然!!
絶滅してます。ハイ。
いや、正確に言うと、ソニーからつい最近一機種だけ発売されてます。でもそれ、音声がモノラル。以前のビデオカメラはよっぽど旧型でない限りほとんどステレオなので、代役にもなりません。

私自身、8ミリビデオカメラ、3台も買ってるぐらいなので、結構消耗品です。
消耗品なのに、もう売ってないのです。
撮りだめ8ミリビデオテープがある皆さん、どうしてるんだろ。
大勢いると思うんだけど……。

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2005.02.26

まちされん

最初は半ば買収される感じで入会した町田作業所連絡会ですが……。(^^;
(約50万円ものお金を貰い、当時はほんと助かりました。m(__)m )
ほんと、仲間に入れて貰ってよかったです。

市内にある40ヶ所弱の施設・団体による会なのですが、この会経由で市内の福祉情報を事細かく教えて貰うことが出来ました。
また、多くの団体の方が福祉課となにかしらの話し合いの際に、ついでに「つくしんぼに補助金出してあげてよ」って言ってくれて、そりゃもう嬉しかったです。
国の情報や都の情報なども、市側経由より圧倒的に早く教えて貰うことが出来ることにも感謝してます。
なによりも、同じような活動をしている人たちと仲良くさせて貰える機会を得たことに感謝してます。m(__)m

現在では町田作業所連絡会自体がNPOを取得しています。
会員が団体であるケースのNPOってのは、なんでも全国で最初だったとのことです。
もっとも私自身は、NPOになっての特典ってやつがさっぱりわからないままなのですが……。(^^;

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ヤマト福祉財団賞受賞パーティー

ヤマト福祉財団賞の受賞パーティーに出席させて頂いて来ました。
あまりよく知らなかったのですが、なんだかとってもものすごく名誉あるこの受賞なのだそうです。

受賞したのは、我が町田作業所連絡会の会長のM氏です。
市長を筆頭に、国会議員系2名、都議系3名、市議10数名と、ウチの市内のただの一人の福祉関係者パーティーにもかかわらず、どっかのドンではなかろうかとすら思えるものすごい面子……。(^o^)
で、M氏は褒めたたえる文章は某市議サンのBLOGの方にちゃんと書き込まれているようなので、私は勝手省略。。。(^^;

さて、このM会長、実は私と同じ歳です。
にもかかわらず、私に向かって「老けてる」だの「顔がでかい」だの言いたい放題のとんでもない奴です。(^o^)
(最近は前頭髪の後退もあり、言いたい放談にも虚しさを伴うわけですが)

私を、というか、ウチ(つくしんぼ)を町田作業所連絡会に引っ張り込んでくれたのも、このM氏です。というか、私は買収されたというか……。
ウチが補助金貰えそうもないというタイミングの時期に「どんぐりの家」という映画の上映会を行ない、その売り上げの儲け分をウチに寄付してくれると言うので……。
そりゃもう、連絡会に入らないわけにゃいかんでしょう、やっぱり。(^^;

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2005.02.24

H2

今、TBS系の帯ドラ、あだち充原作の「H2」を観終わったとこです。
あまりに原作通りで、たいして面白味もないドラマなのですが、裏番組の倉本聡作品など無視して、録画してまで欠かさず観てます。どうにも懐かしくって……。

今から10年ちょっと前です。アニメでも「H2」をやってまして、私はその脚本を担当させて貰ってました。
とてつもなく強力な裏番組があって視聴率が低迷。甲子園を目指すマンガがにもかかわらず、主人公たちが甲子園に行く前に制作打ち切りになってしまったという苦い思い出のある作品です。

で、なにが懐かしいのかと言うと……。
長男が自閉症とわかったばかりの頃に書いていた作品なんです。
息子の障害のことで精神的にドン底だった頃に、気持ちの逃げ場となってくれた作品でした。
おまけに、主人公が「ヒロ」でウチの長男も「ヒロ」。

あの頃、長男とキャッチボール出来るようになるのが夢だったっけ。

中二になった今でも、言葉のキャッチボールすら出来ませんが……。(^^;

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2005.02.23

頑張ってる、のかなあ???

つくしんぼに集ったこちら側は、いたってのんびりゆっくりしていたのですけれど……。
通信やHPを通してつくしんぼの活動のことを知ってくださった方々の目には、そうは映っていなかったようです。

「大変ねえ」とか「頑張ってらっしゃるのねえ」とか「すごいねえ」とか……。
なんだかたくさんの褒め言葉を頂きました。
こっちは大変とも頑張っているともすごいとも思っていなかったので、妙に照れ臭かったことを覚えています。(^^;

資金集めのバザーをやると言い出せば、たくさんの寄付が集まりました。
地域のお祭りには、露天商よろしくお店を出させて頂きました。
賛助会員の募集を始めれば、たちまち大勢の方が会員になってくださいました。

単なる障害児の親のサークルに過ぎないのに、町作連(町田作業所連絡会)にも参加させて貰いました。
いや、強制加入させられたような……??? (^^;

なにはともあれ、頑張ってる、というより、徹底的にいろんなことを楽しんでいた開設当初です。(^o^)

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2005.02.22

のんびりゆっくり。。。

「補助金が貰えないのなら活動をやめようか」なんて声はまったく出てきませんでした。
せっかくはじめたのだから、補助金があろうがなかろうが、のんびりゆっくり活動していればいい……というのが、集ったお母さんたちの多数意見でした。

なんたって、つくしんぼには集れる拠点がありました。があって屋根があって部屋があってもあるのです。これは大きいです。
拠点を探すだけで精一杯という放課後グループもたくさんあるのですから。
遊ぶ場所を探しているだけで疲れてしまう、なんて心配はありません。
好きなときにハンディのある子どもを連れて遊びに来てボーッとできる場所。他人の目を気にしないで時間のつぶせる場所。それだけでも親としては充分だったのです。
それだけ障害児親子って行く場所が限られていたってことです。

私も私で、いい加減でした。
表向きには「補助金欲しい~!!」って叫んではいたものの、内心はそんな切羽詰まったものでは全然ありませんでした。そのうち貰えたらラッキー!! もしかしたら、ずーっと貰えないかも。でも、それでもいいや、程度にしか思っていませんでした。

まだまだ脚本家としても忙しかったですし。(^^;

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2005.02.20

お楽しみはこれからだ

「くれると言うから活動を始めたのに、補助金くれないんなんてーっ!! (; ;)」
というのが、それからの私たちのスタンスとなりました。
まあ、切羽詰まったものではなかったのですけど、二言目には「補助金ほし~い!!」って感じのパフォーマンスしてました。(^o^)

発行通信の記事にもしましたし、少し経ってから立ち上げたホームベージの内容も「補助金くれー!!」って感じの内容が盛り沢山。
そんなホームページが日本中で有名になってしまい、意味不明の電話が何本も舞い込み、ウチの市の障害福祉課はさぞや困惑したことでしょう。
詳しいことまではよく知らないけど。。。(^o^)

ホームページ経由でだったか、福祉関係の雑誌に次から次へと記事として取り上げてもらい、東急ケーブルテレビには単発ニュース番組まで制作してもらいました。
(まあ、この企画の担当が私の大学の後輩ゆえ頼めたようなものでしたが。(^^;))

でもって、市長懇談に言って懇談ならぬ懇願をしてみたり……。
(市長の娘と私が中学の同級生だったゆえ、すっごく話しやすかったです。(^^;))
オンエアーされた番組のビデオを市長に届けたりもしましたっけ。

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2005.02.19

さてどうしようかな。。。

補助金が貰えそうもない、という不吉な話は、夏休みの活動の頃に私たちの耳に飛び込んできました。
活動を始めたのが5月末。書類提出が6月。そして、どうやら補助金なんて貰えないらしいという噂が流れてきたのが7月……。
しかし、なんとまあ浮き沈みの激しいこと。まるでジェットコースターみたいなつくしんぼでした。(^o^)

補助金が貰えそうもないことに関しては、つくつく通信の創刊2号(8月号)に私が記事として書いています。
で、その記事をあらためて読んでみると……。
「多額の借金の返済のこともこれから考えていかねばなりません」とか書いてあるじゃありませんか。
ウソです。借金なんてまったくしてませんでした。(^o^)
まあ、私が個人的に50万円ほど持ち出してはいましたけど……。

カッコは悪かったです。「補助金が貰えるからこの指と~まれ!!」って周囲に声かけしてはじめた放課後活動でしたから。
でも、別に私が悪いわけでもなし、悲壮感はたいしてありませんでした。

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2005.02.18

ウチの市の福祉の歴史(つづき)

80年代には行政主導の施設づくりが進み……。
やがてバブルの時代となり、市内には万国博のパビリオン(?)みたいな豪華過ぎる福祉施設等々が誕生しました。

90年代になると、障害者の働く場の不足が深刻になり……。
保護者等の市民主導による新規の無認可作業所の設立が続きました。
毎年5つぐらいずつ増えていったとのこと。
(ちなみに現時点で、ウチの市内には通所施設・作業所等が60ぐらい、グループホームが20ぐらいもあります)

当時の福祉部の職員は胸を張って言ってたそうです。
「土地さえあれば、上物だけならいくらだって市が面倒みてやる」と。

が、もはやバブル後の時代、市の歳入もどんどん減っていき……。
作業所の新設も96年を最後に激減することになります。

で、その96年の途中に、つくしんぼはスタートしたわけでして。
97年の現T市長の「今後福祉施設は作らない!!」発言に続くわけです。(; ;)

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2005.02.17

ウチの市の福祉の歴史

ここでちょっと、ウチの市の福祉の歴史を少しひもといてみたいと思います。
(間違ってたら指摘してください。m(__)m > 関係者の皆さん)

ウチの市の誕生は1958年。当時の人口は約6万人。(現在は40万人)
この時に福祉事務所と社会福祉協議会も開設されたとのこと。

ウチの市にとっての大きな福祉の転換期は1970年、O前市長が誕生してから。
市政の重点は「教育」「福祉」「まちづくり」。
かなりの福祉オタクの市長だったようです。(^o^)

翌1971年に授産事業がスタート、また障害児者の親の会なども発足。
72年には、日本初のリフト付車「やまゆり号」を導入。車椅子の行政職員を日本で最初に採用したのもウチの市とのこと。
73年、市内に養護学校が誕生。
74年、私もスタッフとしていた青年学級がスタート。

70年代後半には一気に障害児学級を増設。作業所も毎年1つずつぐらい開設。

で、気がつけば、全国で5本の指に入ると言われるまでの福祉の有名な市に成長していたそうです。

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2005.02.16

ジョーダンでしょ?

「新規施設は認めない!!」

最初にその話を聞いたとき、ジョーダンでしょ? って思いました。
実績さえつくれば、補助金は貰える。
東京都に申請して、却下されたケースは一度もない。
それが前年までのウチの市の福祉の常識でした。
だからこそ、福祉課の職員だって自信を持って施設づくりに協力してくれていたのです。(たぶん)
それが、この年。1996年に覆されてしまったわけです。

でも、ウチ(つくしんぼ)はまだいい方です。私が個人的に始めただけで、ほとんど出費がありませんでしたから。
他に、もっと大変なグループもありました。

この年、いくつか次年度の補助金対象施設になるべく活動をスタートしていました。その中のひとつの某グループホームは、補助金対象施設になれるという市職員の確約があったゆえ、100万単位の賃貸契約を結んでしまっていたのです。そのお金は代表者の個人持ち出しでした。
噂では、当時の障害福祉課長が、その代表サンに土下座して謝ったとか。。。

悪いのは市長でも福祉課の職員でもありません。バブルが弾けて7~8年目。時代は坂道を転がるように悪くなっていた頃でした。

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2005.02.15

補助金が貰えない?

次年度の4月から補助金が貰えるというウラ約束(?)みたいなものがあったから、施設としての活動をスタートしたつくしんぼですが……。
そんな順風満帆にいくもんじゃなかったようで。世の中、甘くはなかったのです。

というのも……。
東京都への申請書類提出の期限に間に合わせるべく、頑張って営業して会員を集め、活動もどきも始め、なんとか体裁を整えて書類を提出したわけなのですが……。
どうやらその書類は、東京都に提出されなかったようなのです。
なぜか?
それは、市長が突然こう宣言したからです。

「新規施設は一切認めない!!」

正確には、市の障害者ブランの策定に入るので、そのプランが完成するまでは、福祉関係の新規事業は一切凍結する、とのことらしいのですが……。

「こっちは補助金出してくれるっちゅーから施設始めたんだぞーっ!!」

と文句言ったところで、市のトップの決定。福祉課の職員にはどうすることも出来ないわけで……。(; ;)

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2005.02.13

ぼちぼち再開せんと。。。

確定申告は、自分の分とともに親の分をやらなきゃならず、その親の分の方が思いっきりいい加減な書類管理なので、ほんとこの時期は頭痛いです。
一人で「ワー」とか「ギャー」とか叫んでたりしてます。(^^;
ぎりぎりになって、思いっきり後悔したことがあるので、早めに手をつけて一気に片づけるようにしてます。
あと領収書一枚を某会社から再発行して貰えば済むというとこまできたゆえ、ぼちぼちココも再開しなきゃと思っているのですが……。
ちょっと休むとすぐ休み癖がついちゃうんだよなあ。。。(^^;

まあ、ずっと確定申告やってたわけではなく……。
金曜日は次男と日帰りでスキーなどに行ってました。(^o^)
何年ぶりかなあ、とか思ってると、ウェアから前回のリフト券が出て来て、なんと6年ぶり。
若い頃は毎冬10回ぐらい行ってたのになあ。自閉の長男が生まれてからは、僅かに3回目だ。。。
そういや、長男が生まれる前は、パラグライダーなんかもやってたんだっけ。
そういう自分が、今では信じられん。。。

障害児の親じゃなかったら、アクティブな奴だったのかなあ。>自分
それとも、今と同じで不精な奴だったのかなあ。。。(^^;


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2005.02.08

ちょっとお休み。。。

ただいま、確定申告関係でグチャグチャになっております。(; ;)
なので、しばしお休みします。m(__)m

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2005.02.06

昨日・今日

昨日、ウチ(つくしんぼ)の元職員の女性の結婚式が表参道でありまして……。
やはり元職員の奴が北海道から出てきたりもしてまして……。

ウチ(つくしんぼ)は正職員3人体制でやってまして……。(代表である私を含む)
10年間にのべ8人の正職員を雇ってきたことになります。
うーん、多いのかな、少ないのかな。。。
まあ、ちゃんとした給料払えないから、いつまでも拘束してるわけにもいかず……。
でも、ケンカ別れしたような職員は一人もいません。
ケンカ別れした保護者はいましたけど。(^o^)

今日は、北海道に帰る元職員を、ウチの次男とつくしんぼの元会員だった女の子(来年高校)と一緒に車で羽田まで送っていきました。
(あ、つくしんぼは最初の頃、会員として障害児だけでなく、健常児もいました。この女の子は普通の子です。ポワ~ンとしてるけど。(^o^))

で、自閉の長男は今日の朝から二泊三日、学校のスキー教室に行ってまして……。
家の中がとっても静かです。(^o^)

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2005.02.04

買ってしまった。(^^;

SANY0246欲しいなあ、と思っていたタイミングで、ボーナスのような臨時収入があり、まっいいか、と、ついついネットでノートパソコンを注文してしまいました。
(昔の作品がDVD化されるなんて、ほんっとありがたい。m(__)m )

写真じゃよくわからんと思いますが……。
きっちり親指シフトのノートです。

親指シフトってなに?」
って言われそうですが……。

親指シフト親指シフトです。わからん奴はわからんでいいです。説明するのもめんどくさいし。
私はこのキーボードしか打てんのです。キーボード20年以上叩いてて、ローマ字の配列をほとんど覚えていない私です。
(親指シフトで稼いだ印税、親指シフトに使って悪いかってんだ)

JISキーボードなんかに騙されてる連中には、このささやか嬉しさ、わからんだろうなあ。
別にわかって貰おうとも思わんけど。(^o^)

同じ性能のパソコン、普通のなら6掛けぐらいの金額で買えるんだよなあ。。。

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2005.02.03

お気に入りのエピソード

まだ補助金を貰えていない頃、活動をはじめて1年目かな、つくつく通信に関してのこんなエピソードがありました。

私、ふた言目には行政の悪口を皮肉混じりに記事にして書いていました。
「こんなこと書いてると永久に補助金受けられないぞ」とか言われたこともありましたけど、ウソを書いてるわけでなく、行政に媚びたからって補助金貰えるわけでもないので、書きたい放題書いて楽しんでいました。

と、とある市議会議員がウチの通信を握りしめ、障害福祉課の窓口に怒鳴り込んで来たんだそうです。
「こんな記事を福祉施設の奴らに書かせるな!!」と。
で、当時の職員は結構私達の味方だったりもしてくれたのですが、その窓口にいた職員はこう答えたんだそうです。
「でも、このつくしんぼってとこ、補助金対象施設ではないので、福祉課の方からはなにかを言える立場ではなく……」
と、その市議会議員、こう言ったんだそうです。
「だったら補助金出して黙らせろ!!」

そう言えば、このエピソードがあった翌年だったような。
ウチが補助金対象施設になったの……。(^o^)

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2005.02.01

町田市の反応

ホームページとつくつく通信は、とにかくつくしんぼの二大武器でした。
ペンは剣よりも強し、と言いますけど、脚本書くのが本業だった私は徹底的に活字媒体を武器にしていました。(^o^)v
営業とか喋りとかが思いっきり苦手ゆえ、他に武器にするものがなかっただけとも言えますけど。(^^;

今後書くつもりでいますが、けっしてつくしんぼは順風満帆に補助金を貰えるようになったわけではありません。翌年に貰えるはずだった補助金は先送りとなり、悪戦苦闘の末、結局貰えるようになるまでに丸二年かかりました。
で貰えるようになる過程で一番役にたったのが、この二大武器でした。

面白かったのは、これは後で聞いた話なのですが、ウチに直接ではなく町田市の方にもつくしんぼに関していろんな質問が行ってた、とのこと……。
市側にしてみれば、つくしんぼなんて施設として認めていないわけです。それなのに、全国的に有名な施設があることになっている。
一体何でだろう、とインターネットで調べてみると、つくしんぼのホームページがあるわけです。しかも、行政の悪口がいかにも説得力を持ってバーッと書いてあるわけですから、カッコ悪いったらありゃしないわけで。(^o^)

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