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2006.04.28

一ヶ月が経ちました

わけがわからないままに一ヶ月が経ちました。はじめての月命日です。
年度替わりのただでさえ慌ただしい時期に、葬儀も無事終え、私は唐突に映画制作宣言をし、嫁さんと次男を犬を探し……。
喪に服す時期だ、という助言などには耳も貸しませんでした。私にせよ嫁さんにせよ次男にせよ、とにかくジタバタと足掻き続けていました。
多少他人に迷惑かけようとも、主義主張は意地になって貫くようにしてきました。無視するレベルの相手は無視するにしても、喧嘩しなければと思う相手とは喧嘩もしました。だって、でないと、じっとして我慢していたら、おかしくなってしまいそうだったからです。

いろいろなことが一段落し、落ち着いてきました。
時間的に多少の余裕がでてくると、今度はとてつもない淋しさと虚しさが襲いかかってきている今日この頃です。
良しにつけ悪しきにつけ、ヒロキは我が家の中心的存在であり、それが突如いなくなってしまったという事実。認めたくない事実というものは、頭では理解出来ても、体や心はそう簡単に受け入れてはくれないものだということも知りました。

それでも、なんとか踏ん張って、倒れもせずおかしくもならずにやってこれたのは、支えてくれる仲間の存在が大きかったからのような気がしています。
つくしんぼの仲間、おやじの会の仲間、福祉関係の仲間、パソコン通信時代からのネット仲間、学校の仲間……。
なんかすごいな、と思いました。みんなみんな、ヒロキがつくった仲間だからです。私の元からの友人なんて、せいぜい20人程度……。(^^;

ここ一ヶ月の間、このブログにもたくさんのコメント、トラックバックを頂いています。でも、ほとんど返信等ができていません。すみません。
ほんと、自分の方から発信するだけで精一杯の日々でした。なので、勘弁してください。もう少し経ったら、あらためて全部のレスを読み直させて貰うつもりでいます。

明日からゴールデンウィーク。
かれこれ7~8年は定番だったヒロキとの横浜コスモワールド行きも、今年は行きません。行っても、悲しくなるだけだし……。
なんだかんだ言って、一日も休んでいない(毎日必ず顔を出してはいた)つくしんぼもゴールデンウィークは休みです。なので、この連休こそは集中して脚本執筆に没頭しようと思っています。
本業回帰です。
本当は、その前に脳ミソのサビを落とす作業が必要なんですけど……。(^^;

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2006.04.27

ニャンちゅう

Nyanchuu
大学時代の友人のニャンちゅうが「ヒロキに聴かせてあげて」と新作CDを送ってくれました。(^o^)

小さい頃から、とにかくNHKの子ども番組ばかり観ていたヒロキでした。
「みんなのうた」はもちろん、「おかあさんといっしょ」はジャジャ丸・ピッコロ・ポロリの時代でした。
そして週末は教育テレビの「ニャンちゅう」を、内容を理解してるのかしてないのかわからないけど、とにかく観ていたものです。

最近は、つくしんぼの活動が終わったあと、夕方にミニストップへ行って買い物して、そのおやつをアパートのばあちゃんの部屋に寄って食べながら教育テレビのアニメ等を観る……というのが毎日の日課でした。
なぜか二台のテレビをつけて、見比べるのが好きでした。

ばあちゃんも、毎夕必ず顔を出していたヒロキが来なくなって、淋しそうです。
で、嫁サンがロッキーを連れて毎日遊びに行くようにしています。

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2006.04.24

事故現場

とあるローカルBBSに、電車に乗っていて事故現場を目撃した方の書き込みがあり、その方にお願いするかたちの質問を書き込ませて貰っていたところ、返事を頂けました。

それによると……。
事故現場は、私はかなり横浜寄りの踏切の近くとばかり思っていたのですが、全然違っていて、南橋という陸橋のすぐ真下からほんのちょっと横浜寄りあたりの場所だったようです。
そのあたりは、町田駅から出発した電車がカーブしながら加速していく地点。大輝は踏切側から町田駅方向に歩いていたようで、正面にいきなり電車が現れたのでしょう。なんとか反対の線路側に避けようとしたけど、間に合わす、右後頭部に致命傷を受けてしまったようです。
あと数10センチ前に出ていれば、間一髪で済んだのに。。。

場所が悪過ぎます。あのあたりじゃ轢かれるために歩いているようなもの。
逆側の町田方面行きの線路を歩いていたら、カーブ直前の直線区間の終わり近くの地点なので、もっと早く発見されただろうに。

まあ、悔やんでもはじまらないんですけどね。
そもそも、散歩を許可していたのは私たち両親なのですから。
やっぱり、なんていうか、呼ばれていたというか、寿命だったというか……。

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2006.04.23

15×4

「好きな数字を選んでください」と聞かれたら、これからは必ず「15」と答えてしまうような気がしています。

15年しか生きることの出来なかった大輝です。
それが長かったのか短かったのか。大輝にとってみれば、それは間違いなく輝く生涯としての15年だったと思います。でも、親である私にとっては“たった15年”というふうに思えてなりません。

最初の15年。私は大輝と同じ、幼稚園・小学校・中学校とそれなりに楽しく子ども時代を過ごしました。
次の15年。私は脚本家になりたくて必死に足掻き、なんとかプロのシナリオライターとして認められるようになりました。
そして次の15年。脚本家業を捨て、施設をつくり、大輝と一緒に家族で駆け抜けるような日々を送ってきました。

で、今、45歳です。
若いのか年食ってしまったのか、よくわからない自分は、まだ生きています。

次にやらなきゃならないこと、他人には話さないようにしていましたが、それなりにいろいろ考えてはいました。“大輝の暮らしやすい生活のためには何をするべきか”が、私のやらなきゃいけないことのスタンスの基本でした。
だけど、私にとってのやらなきゃならないことのすべてが、やらなくても済むことに変わってしまいました。

次の15年。60歳までの15年。大輝から私たち夫婦へのプレゼントなのかも知れません。
ただし、条件つきのプレゼント……。
「自由なことしてもいいけど、お父さんの場合は、よその障害児の親に出来ないことをしてよね」って、大輝にハッパかけられているような気がしています。

だけど、自分なんかに何が出来るのかな。。。
とりあえず、映画だけはつくろうとは思ってるけど。。。

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2006.04.22

三男がきました

Rocky01三男がきました。雑種です。
千葉県の空家の床下でノラさんが生んだ子犬です。母犬がいなくなってしまい、保護され、生後3ヶ月。ウチに来るのに似合いの子です。
かなりジタバタと多動ですが、自閉ではない模様です。(^o^)

名前は、このブログでクイズにしようと思いましたが……やめました。
ほとんどみんなに当てられてしまってるので。(^^;

長男・大輝(ひろき)の代わりにやってきた犬です。
三男・ロッキーです。

大輝がいなくなって以来、表情のなかった次男が、犬と遊んで思いっきり笑っています。
もしかしたら、こいつ、救世主なってくれるのかも。。。

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2006.04.21

なんていうか……

なんていうか、この詩はクサ臭過ぎるというか、照れ臭いというか、そんな大袈裟なモンじゃないというか、あんまり好きじゃありませんでした。


「天国の特別な子ども」  エドナ・マシミラ

会議が開かれました
地球からはるか遠くで。

「また次の赤ちやん誕生の時間ですよ」
天においでになる神様に向って
天使たちは言いました。

この子は特別の赤ちやんで
たくさんの愛情が必要でしょう。
この子の成長は
とてもゆっくりに見えるかもしれません。
もしかして
一人前になれないかもしれません。
だから
この子は下界で出会う人々に
とくに気をっけてもらわなければならないのです。

もしかして
この子の思うことは
なかなかわかってもらえないかもしれません。
何をやっても
うまくいかないかもしれません。
ですから私たちは
この子がどこに生れるか
注意深く選ばなければならないのです。
この子の生涯が
しあわせなものとなるように。

どうぞ神様
この子のためにすばらしい両親をさがしてあげて下さい。
神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。

その二人は
すぐには気がつかないかもしれません。
彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

けれども
天から授けられたこの子によって
ますます強い信仰と
豊かな愛をいだくようになることでしょう。

やがて二人は
自分たちに与えられた特別の
神の思召しをさとるようになるでしょう。

神からおくられたこの子を育てることによって。
柔和でおだやかなこのとうとい授かりものこそ
天から授かった特別な子どもなのです。

(大江裕子訳)


でも、今は思ってしまいます。
大輝は自閉症のなかでも、15年限定に凝縮された、さらに特別な子だったんだと。
私たち夫婦は、本当に選ばれちゃってたんだなと。

そりゃもう壮絶な子だったけど……。
ここ一年ほどは、信じられないほどにいい子になってて……。
笑顔がいっぱいになってて……。

ふと、こんな幸せ、いつまで続くのかな、なんて思ったこともありました。
それでも、ちょっとはまた大変になっても、たぶん大丈夫だと思ってました。

そう、私は選ばれた親だったと思うことにしました。
今、日本で、レインマン以上の自閉症の映画なんて、私にしかつくれません。たぶん。
さて、脚本書くぞ、っと。。。

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2006.04.20

嫌になること

うちの家族の淋しさとは関係なく、現実は動いています。
変わったことは、ただひとつ、うちの大輝がいなくなっただけ……。

つくしんぼの年度代わりの事務仕事もやっと一段落しました。
なんせ事故が3月28日。予算決算等の処理もまったくやっていませんでした。
それをなんとかしなければならなかったので、余裕がなく、実はまだ会葬者芳名録のチェックもしていません。
なので、とっても大勢の方にいらして貰ったものの、実際にどなたにいらして貰っていたのかも把握出来ていない次第です。m(__)m

大輝名義の貯金も降ろせません。相続云々とか言ってきます。
同じ金融機関に何度足を運んでも、あの書類が足らん、この書類が足らんの繰り返し。「ふざけんなよ。積み立てたのは親だぞッ!!」って文句を言いたいところを、我慢しています。
結局は何週間も先になるとのこと。預かるときは一緒のくせして……。

生命保険の会社なんかもっとムチャクチャです。
戸籍謄本からは既に大輝の名前は除籍され、それを見れば一目瞭然なのに、別に死亡届を用意しろと言います。死んだことを確認できるのは一緒なのに。
死亡診断書は要らないと言います。だったら先に言えって。
事故証明も用意しろと言います。なので、行きたくもないJRの駅に行って、事故証明を貰ってきたら、それでなくて警察の事故証明をと言います。だったら先に言えって。
警察に電話かけたら「事故証明は出せない」と言います。何それ? と思ってよくよく聞いたら、交通課に電話が回されていました。
再度刑事課に電話を回して貰ったら、調べてから折り返し電話をしてくれる、とのこと。
ところが、待てど暮らせど……。
あれ? 事故扱いじゃないのかよ。おい。
で、電話待ちの間、暇なので、これを書いています。

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映画制作に向けてのカンパ金について

業務連絡みたいになってしまうのですが……。

多くの方から激励のメールを頂いています。
そして、そのなかに「1万円はちょっと払えない。一口をもう少しやすくして貰えたら……」と正直に書いて来てくださる方も実はかなりいます。

私としては、1万円にこだわらず、5000円でも1000円でも500円でも100円でも気持ちだけでも、応援して貰えたら嬉しいです。

ただ、だからといって、ホームページ上に、たとえば「一口2000円」とは書けない事情があったりしてます。
というのも、「一口2000円」と書くと、大多数の方の振り込み額が2000円ポッキリになってしまう、という現実があるからなんです。

ただでさえ3000万円というのは途方のない金額です。
で、それに向けて「いくらでもいいから好意によるカンパを!!」という感じで呼びかけてしまうと、かえって目標が遠ざかってしまうのです。

だから、何人が集まってでも結構です。みなさんからの募金でもその他の方法でも構いません。出来るだけ一万円以上を単位として頂けたらありがたいです。

悲しんでばかりもいられません。
映画をつくると決め、既に100万円以上のカンパを受けてしまっている以上は、現実ともたたかっていかなければならないと思ってます。
ま、泣きながらたたかうんですけど。。。(^^;

応援、よろしくお願いいたします。m(__)m

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2006.04.19

失うもの

療育手帳。。。
駐車禁止違反の票。。。
半額のETCカード。。。
障害児の親というレッテルは……ある意味、私にとってのステイタスでした。
健常児の親なんかには到底経験出来ない醍醐味でした。

一家に一人、障害児だよなあ、やっぱり。。。

当然増えるはずだった大輝の思い出の数々も。。。
過去の思い出を増幅することしか出来ない現実が、無性に淋しいです。

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2006.04.18

土曜日の午後

先週の土曜日、実は三本立ての飲み会が入っていました。
午前中に公民館運営審議会というのがあって、私は委員を6年もやっており、お昼からその送別会みたいなのがあり……。
夕方からはやはり公民館の職員のお一人が退職のお祝いパーティがあり……。
夜は町田おやじの会の飲み会があり……。
どの会のメンバーも、大輝の葬儀にいらしてくださった方ばかり。m(__)m

で、酒の方はなんとかセーブ出来たものの、食い意地の張っている私は昼の会で中華をついつい腹いっぱいまで食べてしまい、そのあとが苦しいのなんのって。

昼の会から夕方にかけて時間が空いたので、町田駅から隣の相模大野駅まで行きました。駅前のコンコースで里親募集をしているという話を、その日の午前中に委員のお一人から聞いたからです。
で、実際にやっていて、話もいろいろ聞いたのですが、今いるのはほとんど猫チャンばかりということでして……。

まだ時間があるので、相模大野から町田まではたった一駅。歩くことにしました。

その日、私は、大輝のシャツに大輝のジャケットを着ていました。
嫁サンが大輝のために買っていたものです。
サイズがほぼ一緒なので、私が貰いました。ゆえに、かなり若作り……。(^^;
(ズボンだけは合わないのですけど……)

桜もほぼ散り、とっても暖かい土曜日の午後でした。
なんか、私が歩いているんじゃなく、私の体を使って大輝が散歩しているようで、なんか妙に楽しい気分になりました。大輝はいつもこうやって、ニコニコしながら歩いていたんだよなあ。。。

結構歩いたわりには、全然腹を空かず、夕方と夜の部ではほとんど何も食べられない状態でした。あーあ、もったいない。。。

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2006.04.16

子犬、ください

次男がポツリと言いました。「ぼく、一人なんだよねえ」
どういうことかと聞いたら、弟か妹が欲しい、ということらしいのです。
さすがにそれは勘弁して欲しい、と謝りました。
今のこの歳から赤ん坊を0歳から育てる自信が、特に体力的にありません。(^^;

で、犬を飼いたいということになりました。

しば犬みたいに耳がピンと立っているのがいいんだそうです。
雑種でいいんです。
生まれたばかりで、トイレのしつけとかしてなくていいです。
弟役なので、雄が希望です。

ペットショップで買うつもりはありません。お金がもったいないとかいうのはなく、こっち側でどれがいいか選べるというのが嫌なのです。
縁があってウチにくる子がいいんです。

町田や相模原には里親探しの会というのがいくつかあって、いろいろ話を聞いてみたのですが、最近は猫が多く、生まれたばかりの小犬というのは滅多にないということ。

どこかで生まれたばかりの犬の貰い先を探しているという情報があったら、教えてください。全国どこへでも貰いに行こうと思ってます。(^o^)

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2006.04.15

ひろきのいたずら(つづきのつづきのつづき)

私は、何度も何度もビデオをスイッチを入れたり消したりを繰り返しました。二度あることは三度あると言うし、三度目の正直ってのもあるし、また大輝が映ることを期待してのものでした。

そして、悲しい事実を発見してしまいました。
原因はわからないのですが、そのバグテープを入れたときのみ、直前に再生していた画像が機械内にしばらくの間メモリーされ、バグテープの画面の左三分の二に画像として映るのです。
これで私は、自分の映したい画像を、不思議な画像として映そうと思えば映すことの出来る方法を知ってしまったのです。
プリンタでの印刷を失敗した件は、インク切れぎりぎりでちゃんとカートリッジが正確にインクジェット出来なかったのがどうやら原因のようです。

柩らしい画像は、実は柩でばありませんでした。つくしんぼの活動を再開して、葬式のときの花を有効利用してやったフラワーアレンジメントのときの映像に、そっくりなものを見つけました。
ステップワゴン内の大輝の後ろ姿の映っているテープも出てきました。
それぞれ、M職員がテープチェックをしたときに、直前に再生した瞬間の画像だったのでしょう。だから、バグテープに映った……。

私はすっかりショボンとしてしまいました。てっきり大輝がやってきて、みんなにいたずらを仕掛けていると確信していたからです。私には霊的なものは見えないから、画像でわかりやすく存在を証明してくれているんだ、と……。

科学的に解明しようと思えば出来ることって、たくさんあると思うんです。
でも、それだけとは言いきれないことも、いっぱいあるような気がしています。
科学の中には、偶然という言葉で処理してしまうことが多過ぎます。

フラッシュをたいて撮影した写真です。レンズと光の関係でオーブが映る可能性はいくらでもあります。
でも、なんで死んだ日に着ていた服装の写真にだけはっきり写ってるの?
ビデオの件は、パソコンとデジタルビデオを繋いでデータ交換した際に起こったバグなんだと思います。
でも、なんで大輝の死んだ日に映したお別れ会のビデオがバグるの? 他のビデオテープはなんともないのに。
映ったのが、なんで大輝の柩(のように見える画像)なの? 次の日はなんで大輝の後ろ姿なの? たくさんのテープに他の子どもたちだっていっぱい映っているというのに。

単に偶然がいくつか重なっただけなのかも知れません。
でも、やっぱり重なり過ぎです。こんなに偶然って重なるもんじゃありません。

「ほら、ぼくはここにちゃんといるんだよ……」
やっぱり大輝がいたずらしに来てたんだと、私はそう思うことにしました。

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2006.04.14

ひろきのいたずら!?(つづきのつづき)

翌日の水曜日、職員M以上に霊感の強い女性職員のIに、私はビデオを一件を嬉々として話しました。大輝がやって来ていたことが嬉しくて、とにかく話したくて話したくてたまらない私でした。

眉間に皺を寄せてため息をつく彼女に対し、私は実際にどんな感じで映っていたのかを説明するために、ビデオカメラで例のテープを再生して見せようとしました。
ほら、ここの画面の左三分の二の灰色の部分に柩の画像が映っていたんだよ……。

と言おうとして、私は息を呑みました。
画面に、今度はつくしんぼのステップワゴンにいつものリュックを背負って乗っている大輝の後ろ姿が映っていたからです。前夜の柩より鮮明で画像で、間違いなく大輝だとわかりました。
ちょうどつくしんぼに来ていた保護者たちが何人もおり、私はすっかり興奮してしまい、大騒ぎしながらみんなにそのビデオの画像を見せて回りました。

M職員がデジカメで、ビデオカメラのモニターを撮影しました。
実は前夜の画像もデジカメで撮影してあり、私はその二枚の写真をパソコンに転送し、プリンターで印刷してみました。
ところが……。
ちゃんとした写真用のL版の用紙を使ったにかかわらず、インクがにじんでベターと流れ、印刷が出来ないのです。
私は、大輝が印刷はして欲しくないと言ってるような気がして、プリントアウトをやめました。

まもなくして、大輝の後ろ姿の画像がスーッと消え、モニター画面の左三分の二がまたしても灰色の画面になってしまいました。

しかし、なんていうか、こんなことが実際に起こるなんて……。

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2006.04.13

ひろきのいたずら!?(つづき)

私の家族は、ほんと悲しいぐらいに霊的なものと縁がないのですが……。
霊が見えるという人は結構多く、つくしんぼの男性職員Mやパートの女性職員Iもそのタイプの人たちだったりしています。
で、二人に2月23日の赤いシャツの写真を見せたところ、「これは間違いない」と。
I職員から、この染みのような白い映りこみがオーブと呼ばれているものであることも教えて貰いました。
で、二人はいつどこどこにあそこに大輝がいただの、今はどこかに言ってるだの、何にも感じることの出来ない私には首を傾げることばかりを喋り合っている始末。
私はどうにも面白くありません。

そしてその日の夜。
つくしんぼに私と男性職員Mが残り、撮るだけ撮りだめて何が映っているかわからなくなったデジタルビデオテープをチェックしていたときのことでした。
Mが素っ頓狂な声を上げ、私にビデオの再生画面を見ろと言うのです。

そのテープは、3/28の大輝の事故の直前に行なわれたつくしんぼのお楽しみ会で、1年の思い出としてみんなに公開した編集ビデオのコピーでした。
でも、なぜかバグが発生していて、画面の左の3分の2に、別の画像が映っていたのです。
そしてその画像は、多少ボケて映ってはいるものの……大輝の柩の上にみなさんから頂いた生花が載っている画像だったのです。どのあたりからどちらの方向にカメラを向けて撮ったかのアングルまでわかるほどの画像でした。
大輝の事故の日から葬儀の日までの間に、このビデオカメラでは一切撮影をしていません。なのに、なぜかこんな画像が映っている……。

私はとにかくビックリして、電話をかけて自宅にいた嫁サンを呼びました。
で、私と嫁さんとM職員の三人でその画像を見たのです。だから、見間違いなんかじゃ絶対にありません。
きっと大輝が「ここにいるよ!!」と言いたくて映ったんだ、と思い、私と嫁さんはそりゃもう嬉しくて嬉しくて……。

夜遅い時間となり、私の母(大輝の祖母)にその話をしたところ、自分もどうしてもみたいというので、再度つくしんぼに行き、ビデオカメラで同じテープを再生してみました。
でも、画像は既に灰色の画面となっており、大輝の柩は映っていませんでした。
どうやら、大輝はどこかへ帰って行ってしまったようで……。

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2006.04.12

ひろきのいたずら!?

ここ数日、不思議なことが続いています。
きっかけは、私がデジカメで撮ってパソコンに移しておいた写真データでした。
葬儀が終わってしばらくして、撮りだめしたままにしてあった写真を2月から3月にかけての写真をぼんやり眺めていたところ、妙に気になる写真を見つけたのです。

それは、2月23日に私が家の八畳の和室(今、大輝の遺骨が置いてある場所)で撮ったもの写真でした。
思い出せば、その日、大輝は赤いシャツを着てとってもご機嫌でした。
親馬鹿の私は、なんかすごくカッコよく見えたので、「ヒロキ、ポーズ!!」と命令したところ、ガッツボーズみたいな格好をしてみたり、右手を突き上げてみたり、両手を組んでみたりと、いろんなポーズをとってくれ、私はデジカメに収めたのです。

で、その写真をパソコンのディスプレイで見ていて、あれ? と思いました。
光の乱反射のような丸いものや白い染みのようなものが、たくさん映っているのです。しかも、そのときに撮ったどの写真にも……。
どうにも気になり、私は霊の類をよく見るという嫁さんの友人に見て貰ったところ、どれもこれもが霊だと言うのです。

でもって、嫁さんの趣味なのか、大輝は赤いかっこいいシャツをたくさん持っているので、私は特に気にしてもいなかったのですが……。
この日に着ていた赤いシャツとインターの黒いシャツとズボンがそのまま、大輝が電車事故にあった日に着ていたものだと、あとで嫁さんから聞かされたのです。

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2006.04.11

スケジュール

R0010569
大輝のスケジュールボードは、事故当日のままにしてあります。
このボードで毎日のスケジュールをだいたい把握していました。
予定の変更を、ボードの文字修正で納得してくれる便利な子でした。(^^;
話せないけど、文字を読むことだけは早くから理解出来ていたので、写真や絵等を使う必要はまったくありませんでした。

毎月のカレンダーにもその月のイベント的なスケジュールが書き込んであり、大輝が正しく把握していた一番最後の予定が、昨日の養護学校の入学式でした。

今日からの予定を、大輝は知りません。というか、予定はもうないんですけど……。
ゆえに自由といえば自由なのですが、大輝が不安になるといけないので、別ボードに本日の予定を書くことにしました。
午前中の予定を「養護学校に行く」にしてしまいました。

迷惑かけてなければいいけど……。(^^;

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2006.04.10

入学式

R0010598_11大輝が通うはずだった養護学校高等部の入学式があり、列席させて貰ってきました。
4月10日の予定はきっちりインプットしていたはずなので、大輝も間違いなく養護の体育館に行っていたのではないかと思います。
先生が「どうぞ」と言ってくださったので、ちゃっかり入学記念の写真にも“写真”で参加してしまいました。
でも、記念撮影なんかに参加しちゃったら、勘違いして明日からも養護学校まで散歩で行ってしまうかも知れません。(^o^)
なんていうか、安物のドラマによくあるシーンだよなあ……。(^^;

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2006.04.08

踏切

私の自宅から町田の市街地に行く場合、「南橋」という、まっすぐ行くにはどうしても渡らなければならない陸橋があります。そして、この陸橋と200mほど横浜寄りの踏切との間のどこかが、大輝の事故現場です。(具体的な現場の位置までは聞いていません)
この陸橋からは事故現場が見降ろせてしまいます。なので、通らなければならないとき、なんともたまらない気持ちに襲われてしまいます。

一昨日、雲ひとつない日に、バイクで一人、思い切ってその踏切に行ってみました。
ちょうど、幼稚園か保育園の散歩途中の園児20人ほどが、保育士さんたちに連れられて踏切を渡っているところでした。

バイクを降り、踏切の真ん中に立って、陸橋の方を眺めてみて、ちょっと苦笑してしまいました。そこは、私が子どもの頃、まだJR横浜線が単線の頃、実は私自身が遊んだことのある線路でもあるのです。
大輝がここから、線路上を歩いて行ってしまった気持ち、わかるような気がしました。

最初、警察からは、大輝は線路の真上を歩いていた、と聞きました。
でも、私は何かが違うように感じていました。

電車事故の場合、たいていは壮絶な状況になります。
だけど、大輝は違いました。病院で私が確認した大輝は、後頭部に致命傷を受けてはいるものの、体全体は多少の骨折があるだけで、ほとんど傷がなかったのです。

電車が来て、遮断機が降り、私は踏切のすぐそばで通過する電車を見ました。
それから開いた踏切に入り、通り過ぎた電車の最後部を眺めたとき、なんていうか、すべてが見えたような気がしました。
間違いありません。大輝はちゃんと電車をちゃんと避けていたのです。

線路を歩いていて、電車が来たのに気づき、大輝は線路から離れました。
ただ、電車の車両の幅が線路の幅の3倍以上もあることまでは知らなかったんだと思います。線路からかなり避けているにもかかわらず、大輝は先頭車両の角に後頭部をぶつけてしまったのです。
あと10センチ余計に避けていれば、危機一髪で助かったのかも知れません。

大輝の車の避け方には特徴があります。必ずそっぽを向いたまま避けるのです。
道路を歩いているとき、大輝は、ある程度避ければ、車の方も危険回避のために迂回するように避けてくれることを知っています。
だから、もしかしたら、これだけ避けたんだから、電車も少しは迂回してくれるとでも思ったのかも知れません。そして、いつものようにそっぽを向いて、行き過ぎるのを待っていたのかも知れません。

ちゃんと避けているんだから、恐がることも一切なく、痛みを感じる間もなく、最後の一瞬を迎えたんだと思います。

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2006.04.06

ひこうき雲

大輝(ひろき)の戒名は「緑雲輝宝信士」です。
緑には瑞々しさの他に“正直”という意味があるということです。
“元気で素直で変化していないように見えても変化を続ける輝く宝のような子”
それが大輝なのかな。。。

雲という文字を戒名に入れて貰ってから、妙に雲が気になりはじめた私です。
大輝は、早くも天気を自在にあやつっているかのような気がして……。

告別式の日の天気予報は一日じゅう雨模様だったにもかかわらず、式の最後まで雨は降りませんでした。また、午前中のものすごい風が告別式の途中だけはピタッと止みました。そして、葬儀が終わった途端に、雷を伴っての滝のような雨が降り出しました。
そういえば、28日に深夜にもものすごい雷鳴が轟いていたっけ。
虹の夢も雲や天気と関係があるわけだし……。

ランダムに選んだオルゴールのインストロメンタルCDが、ユーミン集でした。
そして、その中の一曲に「ひこうき雲」が入ってました。
詩はきっちり暗記しています。
なので、自然と口ずさみ……涙が出てきて止まらなくなりました。


 白い坂道が 空まで続いていた
 ゆらゆらかげろうが あの子を包む
 誰も気づかず ただひとり
 あの子は 昇っていく
 何もおそれない そして舞い上がる

 空に 憧れて 空を かけてゆく
 あの子の命は ひこうき雲

 高いあの窓で あの子は死ぬ前も
 空を見ていたの 今はわからない
 ほかの人には わからない
 あまりにも 若すぎたと
 ただ思うだけ けれどしあわせ

 空に 憧れて 空を かけてゆく
 あの子の命は ひこうき雲

 空に 憧れて 空を かけてゆく
 あの子の命は ひこうき雲

 Woo--- Woo--- ・・・・


大輝は、緑に輝くひこうき雲になって散歩してるのかな。。。

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2006.04.05

映画をつくります

まだまだ精神的にも落ち着いたとは言えない状態なのですが……。
「ぼくはうみがみたくなりました」を映画にすることだけは決めました。
自主制作映画になると思います。
2月半ばから発表のためのホームページづくりをコツコツと続けてきており、自閉症関係、障害児者関係のいろいろな方々に相談をしてきていました。
そのホームページを正式公開させて頂きます。こちらです。
http://homepage2.nifty.com/bokuumi/

正直なとこ、今までの気持ちは「出来れば映画にしてみたい」のレベルでした。
でも長男の死から一週間、私の気持ちが「映画にしなければならない」に変化してきているのを感じています。

私は、根っからの脚本家みたいです。
だけど、長男が障害児だったとわかってから、脚本家業界をやめました。
施設を立ち上げ、福祉の業界へ入ってきました。
そのことに後悔はまったくありません。
それどころか、この道を選ばせてくれた長男に感謝しています。
でもやっぱり、脚本家根性はくすぶっているわけで……。

1日24時間、1年365日、長男中心に私と嫁さんの時間は動いていました。
でも、これからは否応なくそれが変わることになります。
「お父さん、ぼくのために15年、いろいろしてくれてありがとう。だけど、もうぼくはだいじょうぶだから。お父さんはお父さんのやりたいことをやってね」
長男が、そう言ってくれているような気がします。

みなさんにお願いです。
“ぼくうみ映画化のためのホームページ”の存在をどんどん営業して欲しいのです。
HPに、掲示板に、ブログに、ネット上でどんどん広めてって欲しいのです。
裾野が広がれば、一万円をカンパしてくださる方も増えると思うのです。
お金さえ集まれば、映画はつくれます。制作のノウハウはなんとでもなります。
なにより、脚本には自信があります。
…って、これから本格的に書くんですけど。(^^;

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2006.04.04

お別れの言葉

Hirokiizu
告別式のとき、中学で大輝と3年間一緒だったI組(障害児学級)の女の子が読んでくれた言葉です。


桜が満開のこの時、ヒロキ君は今、神様と「な~あに?」っとお話しているでしょう。ヒロキ君は、きっと大好きなお散歩をしていたんだよね。そして天国へ行ってしまったヒロキ君。私達といつも一緒だったね。歌をうたったね。太鼓を叩いたね。お勉強もしたよね。笑いながらアルプス一万じゃくもしたね。ディズニーランドへも行って、一緒にのりものにのったね。
ヒロキ君の大きな目はいつもピカピカと輝いてたよね。
ヒロキ、天国で私達を見守っていてね!! 
私達もヒロキの事は一生忘れません。。
ヒロキの分も一生懸命生きるからね。。


卒業式でも大輝の手を引っ張ってリードしてくれた子です。
養護学校にも一緒に行こうと言ってくれてました。
ここのとこ毎日遊びに来てくれてます。

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2006.04.03

遺族代表挨拶

 本日は、お忙しい中にもかかわらず、長男大輝のためにご会葬下さいまして、誠にありがとうございました。
 大輝は、重度の自閉症という障害をもっていたにもかかわらず、すみれ教室・光幼稚園・南つくし野小学校五組・つくし野中学校I組と、周囲の皆さんの温かさに囲まれて成長し、つい先日中学校の卒業式を無事終えさせて貰ったばかりでした。
 大輝は、大輝という名の通り、本当に大きく輝く存在でした。
 この場所・つくしんぼを創ったのも大輝です。両親である私達を動かし、この指とまれをさせてみんなを集め、10年経った今、大輝はこの場所にこれだけの人たちを集めるだけの輝きをもつ存在になっていました。
 大輝が生まれて15年。私達両親にとって、あっという間の15年だったように気がします。それだけに大輝の人生もたった15年というように思えてしまったりします。
 だけど、大輝の一生という輝きは15年の月日に収まりきらないほどの光と優しさと温かさを周囲に与えてくれたと、親馬鹿ですが、今はそう思っています。
 散歩が大好きで、その散歩の最中、線路に入りこんでしまった大輝です。それについて、今はもう何かを言うつもりもありません。ただ言えることは、もしかしたら大輝はずっと散歩を続けたかったのかな、ということです。
 散歩好きなので、そう簡単に天国の階段を登ってってはくれないかなとも思います。「よそのうち入らない」っていういつもの言葉を言いながら、みなさんのおうちに立ち寄るような気がしています。でも、それが大輝らしさなんです。あっちに行ったりこっちに行ったりするけれど、もういいかなと思った時にはダッシュで天国まで駆け上がりますから、心配しなくて大丈夫です。
 6月か7月に、ここ、つくしんぼは、NPO法人はらっぱとして再スタートをします。つくしんぼは、はらっぱの一事業となります。さらに、はらっぱには、つくしんぼをはじめに他にもいろいろな植物が芽を出し、成長するのかなと思ってます。
 そして大輝は、はらっぱの植物たちを応援する輝く太陽のような温かい存在として、いつもみんなを照らし、いつも一緒にいてくれるんじゃないかと思っています。
 大輝はずっとみんなと一緒です。
 本日は皆さん、本当にありがとうございました。

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2006.04.02

最後の日です。

火曜日に事故にあい、住職の都合で葬儀が土日までに延びたのですが……。
この間、つくしんぼには大勢の仲間たちが集まり、わいわいがやがやと五日連続の合宿通夜状態でした。(^o^)
それも、今日が最後となります。私の体力もなんとか持ったみたいです。

昨夕の通夜には、ほんと大勢の方にご列席いただきました。
式の時間内にはまったくおさまらず、焼香の列が一時間半も続いてしまうほどでした。
狭い場所で申し訳ないとは思ったのですが、大輝の一番大好きな場所での葬儀なので、私達の我が儘を笑って許してやってください。m(__)m

今日の天気予報、降水確率50%になっています。
でも、安心してください。降りません。
終わった頃にちょっとだけ涙雨は降りますが、それまではだいじょうぶです。
そういう演出をきちっとしてくれるのが、大輝です。(^o^)v

最後に遺族代表挨拶をすることになります。
原稿はつくったのですが、読み終える自信がありません。
ま、仕方ないかなと思ってますけど……。

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2006.04.01

お通夜の日の朝に見た夢

長男大輝(ひろき)のお通夜の日の朝になりました。
最初の二日はまったく眠れませんでしたが、昨日と今日はずいぶん眠れました。

久しぶりに夢を見ました。
つくしんぼの庭で、たぶんつくしんぼの活動中だったように感じます。私が空に虹を見つけて、その虹をみんなで見上げるだけのものでした。
何人かで見上げていたのですが、周囲にいたのが誰だったのかまではわかりません。ただお客さんとかではなく、いつもいるメンバーのような普通の状態の感覚でした。
大輝はいませんでした。
虹は南側の空に東から西にかけて、太陽や月や星の通り道のように丸く出ていました。
太陽と反対側に出るので、そうなると北側に太陽があることになるので、変な虹だなって思ったような気がします。
でも、見ているとだんだん色が濃くなっていくので、綺麗だなあって見ていました。

私がレインボーおやじというハンドル名を使っていたり、自閉症がスペクトラム論だったりではあるのですけど、そういうこととは全然関係ない虹だったようにと思います。
目が醒めて、夢を見たことを思い出したあとに、連想でふと思ったことなので……。

「虹」という単語で、夢占いをネットで探しました。「悲しい別れ」「架け橋」ぐらいしか見つけられませんでした。

どなたか、夢占いに詳しい方がいたら、なにか教えてください。私はあと二日忙しくしないとならないので。(^^;

亡くなって四日目。今夕がお通夜です。
皆様、よろしくお願いいたします。m(__)m

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