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2006.04.08

踏切

私の自宅から町田の市街地に行く場合、「南橋」という、まっすぐ行くにはどうしても渡らなければならない陸橋があります。そして、この陸橋と200mほど横浜寄りの踏切との間のどこかが、大輝の事故現場です。(具体的な現場の位置までは聞いていません)
この陸橋からは事故現場が見降ろせてしまいます。なので、通らなければならないとき、なんともたまらない気持ちに襲われてしまいます。

一昨日、雲ひとつない日に、バイクで一人、思い切ってその踏切に行ってみました。
ちょうど、幼稚園か保育園の散歩途中の園児20人ほどが、保育士さんたちに連れられて踏切を渡っているところでした。

バイクを降り、踏切の真ん中に立って、陸橋の方を眺めてみて、ちょっと苦笑してしまいました。そこは、私が子どもの頃、まだJR横浜線が単線の頃、実は私自身が遊んだことのある線路でもあるのです。
大輝がここから、線路上を歩いて行ってしまった気持ち、わかるような気がしました。

最初、警察からは、大輝は線路の真上を歩いていた、と聞きました。
でも、私は何かが違うように感じていました。

電車事故の場合、たいていは壮絶な状況になります。
だけど、大輝は違いました。病院で私が確認した大輝は、後頭部に致命傷を受けてはいるものの、体全体は多少の骨折があるだけで、ほとんど傷がなかったのです。

電車が来て、遮断機が降り、私は踏切のすぐそばで通過する電車を見ました。
それから開いた踏切に入り、通り過ぎた電車の最後部を眺めたとき、なんていうか、すべてが見えたような気がしました。
間違いありません。大輝はちゃんと電車をちゃんと避けていたのです。

線路を歩いていて、電車が来たのに気づき、大輝は線路から離れました。
ただ、電車の車両の幅が線路の幅の3倍以上もあることまでは知らなかったんだと思います。線路からかなり避けているにもかかわらず、大輝は先頭車両の角に後頭部をぶつけてしまったのです。
あと10センチ余計に避けていれば、危機一髪で助かったのかも知れません。

大輝の車の避け方には特徴があります。必ずそっぽを向いたまま避けるのです。
道路を歩いているとき、大輝は、ある程度避ければ、車の方も危険回避のために迂回するように避けてくれることを知っています。
だから、もしかしたら、これだけ避けたんだから、電車も少しは迂回してくれるとでも思ったのかも知れません。そして、いつものようにそっぽを向いて、行き過ぎるのを待っていたのかも知れません。

ちゃんと避けているんだから、恐がることも一切なく、痛みを感じる間もなく、最後の一瞬を迎えたんだと思います。

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コメント

親だからこそ、わかること。
親にしか、わからないこと。
ありますよね。

レインボーおやじさんに 「見えたもの」、
レインボーおやじさんが 「感じたこと」は、
真実だと思います(*^_^*)

投稿: メラニー | 2006.04.08 16:32

地図で確認してみました。
真っ直ぐの線路なんですね。
何となく、入ってしまった気持ちがわかります。
そして、私もレインボーおやじさんが感じられた通りのことが真実だと思います。
それにしても、やるせないです。(号泣)

投稿: ラム | 2006.04.08 17:11

チラシ、ありがとうございました。

4月15日の出版記念講演会から、私のするすべての講演会で、配布させて頂きます。

今度の本は『自閉症の息子』という題が、ついています。


自閉症の息子…大切なあなたへ


投稿: ハルヤンネ | 2006.04.08 18:34

>レインボーおやじさん

ノブの主治医の先生の高校生の息子さんも、半年ほど前に踏切事故で亡くなりました。
お葬式のときやその後の診察にうかがったときの先生の慟哭を忘れられません。

レインボーおやじさんと同じように、「その瞬間」を知ろうとその場に足を運んだそうです。
そして、
>それから開いた踏切に入り、通り過ぎた電車の最後部を眺めたとき、なんていうか、すべてが見えたような気がしました。

先生もそうだったそうです。
我が子の行動やその時のことが見えた気がしたと言われていました。

当事者の悲しみは到底理解できないと思います。ただ、「思い」の手伝いをしたい。
自分の出来る形で・・・。

チラシ、私もファイルコピーしました。
いろんなところで使わせていただきます。

投稿: REIKO | 2006.04.09 20:56

大輝君の車の避け方がうちの息子とそっくりなので、目に浮かぶようです。

私が4歳のときに、いつも一緒に遊んでいた2人の近所の友達が、電車に轢かれて亡くなってしまいました。ご遺体の損傷が激しく、当初は誰が亡くなったか分からないほどで、私も事故にあったと思われていたそうです。たまたま、そのとき彼らと別行動だった私が近所の人が大騒ぎになっている最中に帰宅したとき、母が激しく泣いていたのは、40年近く経った今でも忘れられません。
事故の詳しいことを教えてもらったのは、もう少し年長になってからでしたが、2人とも線路の真上にいたのではなく、すぐ近くにいて、風圧で巻き込まれてしまったということでした。3~4歳で体も小さかったからでしょうか。

「ここなら大丈夫」と思ったのかな?
きっと、痛いとも思うまもなく、天国に行ったんだよ・・・

レインボーおやじさんが感じられたのと同じようなことを、亡くなった友達のお母様が教えてくださり、当時は死の意味もよく分かっていないなかったと思うのですが、幼心に、ホッとしたのを憶えています。

また、私自身、自分の子どもの葬儀を経験しています。状況は異なっても、何かをすることで、自分の置かれた状況の中に意味を見出したいと思うのは、私も同じです。

チラシ、ありがとうございます。
カイパパさんが「かがやき」(日本自閉症協会)に寄せられた論文の中の言葉
「私たちは微力だけど無力ではない」
私にできることなんで、ほんのわずかだけど、頑張ります。


投稿: ぴろっぴー | 2006.04.09 23:45

初めまして、某サイトから来ました。

親だからこそ分かるもの、親だからこその、その言葉ってものがありますよね。

私も、その気持ち分かります。

悲しい気持ちも分かります。
応援します。

投稿: みねポン | 2006.04.10 09:40

仕事柄、人間ではありませんけれど、万単位の沢山の生死の現場に立ち会ってきました。


拝読し、お父様の感じられたとおりのご状況と、私も確信しました。

ご遺体もきれいで、後頭部とのことでしたから、息子さん、たぶん、「避けた~」と安心して、楽になさって、お空に行かれたことと思います。

みなさま、どうぞご自愛くださいませ。


投稿: しげハハ | 2006.04.10 12:18

レインボーおやじさま

電車が通り過ぎた後に見えたものは、きっと真実だったと思います。

大輝くんがお父様に解ってもらいたくて、そしてきっと解ってもらえると思って、見せた光景だったのでは…?

きっちりと事故現場へ足を運ばれた勇気。とてもすばらしいと思います。

投稿: yo-yo0511 | 2006.04.10 21:00

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» その日の情景 [masudachanのひとりごと]
自閉症のH君が亡くなったと聞いてから、今日までいろいろ考えてました。 最初に事故を知らせる記事を見たときは、心臓が”バクン”と、止まるかと思うほど大きく1個打ちました。 考えてもわからなかったのは 「どうして彼だけが死んでしまったの?死ななければならなかっ....... [続きを読む]

受信: 2006.04.08 21:18

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