2009.08.16

公開5日前。。。

昨晩は地域の盆踊りでポップコーン売ってました。
もう10年近くつくしんぼとして参加していて、ヒロキにとっても毎年の恒例行事だったイベントです。ケンタッキーのお店も出店していて、それを食べるのが一番の楽しみでした。(^o^)

ポップコーン、以前はキャラメル味でやってたのですけど、キャラメルフレーバーがやたら高くて利益率が低いので、今回からはシンプルに塩バター味にしちゃいました。普通の味だと人気は今イチだけど、フレーバーは安く、仕入れは実質トウモロコシの豆だけ。、売れ残り分はそのまんまつくしんぼのおやつに流用できるため、効率よかったりしてます。(^^;

今回頑張ってくれたのは、今田クン。かれこれ15年位前からのつきあいです。施設入所させられていたのを、ウチらの仲間うちで半ば強引に連れ出して……といっても、正当な手続きはちゃんと取ってますが……現在はウチのNPO法人の事業として、つくしんぼのパート職員とルームシェアでアパートで暮らしています。ポップコーンの儲け分は、彼の生活費になる約束です。(^o^)

こんなことやって遊んでいるのが私の日常です。映画の方は、非日常。。。(^^;

そうそう、自閉症協会本部のHPの表紙にバナー貼って頂きました。m(__)m


は2~3位を行ったり来たり状態のようで。。。


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2009.07.08

クランクインから1周年。。。

そう、去年の今日もこんな天気でした。
小雨混じりのどんより曇り空。。。

ロードショー準備に集中したいんですけど、そっちは制作会社の方のスタッフの面々にお任せして、私はつくしんぼのことやら母親ことやらと、とにかく忙しく飛び回っています。なんせ代わりがいないもので。。。

で、時間がないと言いつつ、畑の野菜を袋に詰めて100円で売る作業とかしています。(^^;
現時点ではトマト、キューリ、ナス、ジャガイモまで。
今後はピーマン、インゲンなんかも追加の予定。

ウチでは、つくるのが父親の仕事で、採るのが母親の仕事でした。
父親は収穫作業をまったくしないという不思議な人なので、私か嫁サンがやらないと、野菜たちはぶらさがったまま……枯れます。もったないです。

ちなみに、野菜を売るための台は、つくしんぼの散歩車利用です。ほら、保育園とかによくあるタイプのやつ。。。(^o^)



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2008.12.06

格闘の一週間

今週一週間、ずっと格闘していました。
ダイエットではなく……パソコンと、です。
つくしんぼで使っている一番新しい事務用のパソコンがクラッシュ。再インストールも途中で止まってしまうほどの重症状態です。
幸い、データは外付けHDに常時バックアップしていて、助かってはいるのですけど、事務作業が完全にストップ状態。。。

そもそも、この一番新しいパソコン、前に使っていたヤツの動作がやたらおかしくなり、今年の夏前に買ったものなのですけど、セットアップのときからフリーズするし、嫌な予感がずっとしていました。それが今週に入った頃から一気に状態が悪くなり、対処する前に再起動不能に。。。
たぶん、HDの初期不良。あるいはマザーボードの初期不良あたりだと推察してます。

で、一年以内なので、保証がきいているんですけど、困ったことに買ったショップが「九十九電機」。会社更生法の真っ只中。あ~あ、なんだかなあ。。。

今年はなんか、右下がりな企業とやたら縁があります。
たとえば、グッドウィル。たとえば、アーバンエステート。たとえば、九十九電機。。。
そういや、十数年ぶりに受注したアニメ作品も途中打ち切りでギャラ半分しか貰ってないや。(; ;)

もしかして、貧乏神は私の方??? (^^;

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2008.11.25

へびきゅうり

以前つくしんぼの畑で採れたやつです。
だからどうってわけでもないんですけど。。。(^^;

ニコニコ動画用サイトのことで、脳ミソがトグロ巻いてます。
載せたい動画、結構あるんですけど、どうしても著作権とか絡んできてしまい、いろいろ難しくって悲しいです。
元ネタはすべて私の所持動画だったりするんですけどね。
こちらに便乗しといて、結局のとこ自分とこの営利本位の企業、多過ぎ。。。(; ;)

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2008.08.18

あらためて、日常。。。

お盆休みも終わり、つくしんぼは夏休み後半戦の活動が始まりました。
障害児のいる風景が、やっぱ私にとっては日常みたいです。
まぁ、私なんてもはや子どもの遊び相手にはならんのですけど。(^^;

ゴミ棄てたり、空き缶の整理棄てたり、ペットボトル棄てたり、自転車のパンク直したり、荷物の引っ越ししたり、草むしりしたり……そんな用務ばっかしてます。

映画の編集はきっちり進んでいるんだろうか???
全然連絡とってなかったりする。> じぶん (^^;

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2008.08.12

たまにはリンクのみ。。。(^^;

新教育の森:障害児放課後活動、自立支援法で岐路

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2008.08.10

草刈り

撮影が終わって、ホッとして、気が抜けちゃってるのでは?……って、残念でした。
たしかに企画の八号目までは来てますけど、終わったという感覚は全然ありません。これからが正念場だと思ってますし。ましてや製作費、借金状態に突入してますし。。。
毎日のブログ更新から開放されたという点だけは、たしかにホッとはしてます。(^^;

撮影の終了のタイミングと、つくしんぼがお盆休みに入るタイミングが一緒だったので、結構のんびりはしてます。
でも、先送りにしていた事務の雑務が多過ぎ、私はつくしんぼで一人、昨日まで黙々とパソコンに向かってあれやこれやと仕事してました。
でも、それもなんとか一段落。残りはやっぱり先送り、と。。。

今日は、曇りでそんなに暑くなったこともあり、雑草がすっかり成長してしまったつくしんぼの庭の草刈りを朝からしてました。

30cm以上にのびた草はあらかた取り除き、残っているのは背の低い草だけ。この程度の草は、活動がはじまって子どもたちが踏んづけてしまえば大丈夫。(^o^)
ちなみに、奥の畑で鬱蒼としている背丈3mの緑はとうもろこしの葉。実を取るためのものではなく、近所で飼われている牛の餌です。

草刈りでグッタリし、シャワー浴びて、昼からビール飲んでます。(^^;

つくしんぼは夏休み期間の真ん中、2週間が休みです。
夏休み期間も、自分の子じゃなく他人の子ばかり見てるのはたまらないと、夏休みを三等分して、その真ん中を休みにしてました。
なので、私にしてみれば、今やあんまり根拠のない連休です。

オリンピックやってるけど、あんまり関係ないなあ。
私にしてみれば、それ以上のイベント、終わったばっかりだし。。。

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2007.12.11

年末調整

つくしんぼをうっかりNPOなんかにしてしまったので、NPOといえば法人なわけで、給与関係のこともちゃんとしなきゃらならんみたいで……。
職員の年末調整の事務仕事、やってます。来週がやたら忙しくて、どうにもならなくなるだろうし、最終週になったら、ぎりぎりのプレッシャーでお手上げになりそうなりそうなので。

ちゃんと税務署と市役所の行なう年末調整の説明会にも行ったんですけどね。それでもチンプンカンプン。
手のつけようがないので、昨日2回、今日1回、税務署に行ってわかんないこと聞いてきました。
考えるのが面倒なので、疑問が生じるととっとと出かけて行ってしまってます。(^^;

どこの企業も施設もこんな面倒なことやって給料払ってたのね。
だから経理の仕事とかってのが成立するんだ。。。

お金に関しては、私は究極のアバウト人間だからなあ。
なんでこんなことやらなきゃならないんだろ。。。(; ;)


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2007.12.08

今年も焼きイモ

毎年恒例の、つくしんぼの庭でのやきいも大会。
12年も懲りずに焼きイモ続けています。(^o^)
主催はつくしんぼではなく、地域のお母さんたちが自主的なグループが中心。
つくしんぼは場所を貸してるだけです。
雰囲気の詳細は、去年(こちら)とほぼ一緒なので、省略です。(^^;

今年は、苦情が来ないようにと、煙が届くであろう範囲の近所の「12/8にやきいも大会をやります」の内容チラシも配っています。
それでも、苦情は来ます。去年より少なかったようだけど。(^^;

きっと消防署にもたくさんの苦情の電話が入っているんでしょうね。
知らぬがホトケだったりしてます。
なんせ世の中、権利意識ばっかの人、多いからなあ。。。
あ、写真は焼きイモじゃなく焼きマシュマロです。


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2007.08.31

夏休み終了

つくしんぼの夏休みの活動、本日終了しました。
無事に……とはいきませんでした。
むちゃくちゃ暑かった火曜日の流しそうめんの日に、私が熱中症みたいな感じになってしまい、その後は涼しくなったにもかかわらず、完璧に夏バテ状態。気持ちの問題とか言われるのですが、なんせ血圧が上がりっぱなしで体がいうことをききません。(; ;)
9月に入ったら気合い入れて映画製作モードに復帰するつもりだったのに。。。

というわけで、今日もとっとと寝ます。m(__)m


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2007.08.28

流しそうめん

毎年恒例のつくしんぼでの流しそうめん。
全長5mほどの二段構えの竹に、子どもたちが両側から群がります。
右利きが右側から取ろうとすると、流れをおいかけるかたちになって取りにくい、なんてこと考えもせず……。(^o^)
そうめんだけでなく、うどん、ミニトマト、缶詰の桃やミカン、チクワ等々、流れるというか転がるものならなんでも流して遊んでます。

しかし、暑かった。。。
気温33℃、湿度70%、完全無風状態の場所に丸一日いて、もう限界……。(; ;)


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2007.08.19

南町田自治会の盆踊り

今年は17日・18日と、はじめて2日続きで参加させて貰い、つくしんぼのワンパターン・ポップコーンを売ってきました。
助っ人は今年も次男と次男の友人。完璧ボラではなく、気持ちだけバイト代を払うことにしています。(^^;

売上げは、去年は1日だけで3万円程度でしたが、今年は2日やっても3万円程度。
サイコロのゾロ目が出たらもをいっぱいオマケ、なんて作戦も使ってみましたが、客数も増えず。ちょっと淋しいです。

ここの自治会には、全国的にも有名なグランベリーモールがあり、最近はそこ絡みのプロの屋台店がたくさん出店するので、素人が半ば遊び気分でやっている地味なポップコーン店はますます地味に……。(; ;)
ま、このクソ暑い季節、ヘタに気合い入れると後遺症の夏バテがひどくなるので、参加することに意義がある、と。
儲からないけどリスクもないので、ひたすら気楽だったりするのです。(^^;


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2007.08.03

夏休み、序盤終了

合計6週間の夏休み。その序盤2週間のつくしんぼの活動が本日終了しました。

つくしんぼは、中盤の2週間、職員連中はお盆休みです。
で、終盤2週間がまた活動。

そんなに休むの? って言われそうですが、活動したけれりゃ親子活動は出来ます。
ヒロキが小さかった頃は、お盆とか関係なく、ずーっと親子でつくしんぼにいましたし。

つくしんぼは就労保障ではなく放課後保障の施設。そんなクソ真面目に活動してるわけではありません。なんせ代表は私……。
拠点となるスペースは1年365日あるのだから、家にいると辛くなるようだったら親子でつくしんぼに来て遊んでればいいわけで。それが開設当初からのコンセプト。職員の存在なんかオマケなわけで、いようがいまいがそれは二の次。屋根のある安全なプライベートな公園、それがつくしんぼ……。

そんなわけで、思いっきり休みなわけですが……。

小4から5年続いた次男との恒例のサバイバル旅行(東北→紀伊半島→佐渡→北海道→九州)も、今年は高校受験だから行かないと宣言され……。
ま、そうなるだろうから、今年からは次男の代わりに高二になった長男ヒロキと二人旅しようと何年も前から皮算用してたのですけど……。(; ;)

そんなわけで、思いっきり“ヒマ”のこれからの2週間。(^o^)

そんなわけで、ちょっくら執筆活動モードに入ることにしました。
何を書くつもりなのか……は、ある程度メドが立ってから公表します。
偉そうに発表しちゃって、計画倒れになってしまうとどうにもカッコ悪いので。(^^;


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2007.08.02

やっぱり今年も大地沢

どうにも書き込みが遅れ気味なのですが……。(^^;

今週の月~火曜日、夏休みイベントとして、つくしんぼで大地沢に一泊してきました。
今年もまた、法政大学現代福祉学部サークル「ぴゅあぴゅあ」にオンブにダッコの一泊二日。
もう何年目になるんだろう?
5年目? 6年目? 要連絡。> サークル初代メンバーの誰か (^o^)

去年は男連中が多かったのか、食事が足りず……。
今年は多めにしたところ、女性陣が多かったせいか……。
ゴハンもカレーも大量に残るわ残るわ……。
結局、大鍋いっぱいのカレーを捨てなきゃならず……。(; ;)

朝まで寝なかった子どもにつきあった職員&ボラ学生さん達、いやはやご苦労サンでした。
私は運転手担当でもあり、子どもがうるさかろうがパニクろうが泣きわめこうが平気の平左、若者達にお任せしてとっとと寝させて貰いました。m(__)m

去年は一人、バンガローで宿泊。深夜にヒロキが現れてくれましたが……。
今年は来てくれませんでした。まあ、みんなと一緒の部屋だし……。
なので早朝、一人で境川の源流 (からさらに上れるとこまで上った場所)まで行き、ヒロキと喋ってきました。私は最近、ヒロキを呼び出す技を取得したもので。(^o^)v


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2007.07.05

無人販売(つづき)


ウチの周囲には、無人販売で野菜を売っている農家の人が結構おりまして……。
で、話によると、お金を払わず持ち去る人が多くて困っているとのこと。

お前ら、地獄送りを覚悟しとけよ。(-_-)

というわけで……。
死角になるような場所にある無人販売場で売るのは、もうやめました。
つくしんぼの門の真ん前で売ることにしました。
風通しもいいし、誰かが見ている確率高いし。
つくしんぼの散歩車を利用して、ちょい改造し、ビーチパラソルまで立ててみました。
奮発して、幟も買ってしまいました。(^^;

無人販売も出来れば、散歩車なので移動販売も出来ます。(^o^)v
で、さっそくみんなで近所の公園まで行ったけど、いたのは子どもばかり。
その子どもたちに「タダでトマトくれーっ」って言われて、わけわからん状態……。

のんびりしていた老夫婦に無理やり一袋売りつけて100円ゲット!!

で、つくしんぼに戻ってきて、門の前に放置したら、一気に売れました。
なんでえ、苦労して移動販売するより、固定の無人販売の方が売れるでやがんの。(^o^)

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2007.07.02

無人販売

つくしんぼの敷地の角には、ジュースの自動販売機と倉庫に挟まれた場所に、野菜の無人販売コーナーがあります。
以前は母親所有のタバコの自販機があったのですが、行政指導で撤収されてしまい……私は無くなってせいせいしてますが。(^o^)……空いたスペースを埋めるべくつくったのが無人販売コーナーです。つくしんぼの会員の大工サンの父親がつくってくれたものです。

去年はヒロキのこともあり、一度も野菜を並べませんでした。

今年は、今日はじめて野菜を並べました。
トマト・ナス・キューリ……。つくしんぼの敷地の畑で採れた野菜ばかりです。

貼り紙も新調。「つくしんぼの新鮮野菜 全品100円 売上げはつくしんぼの子どもたちのおやつ代になります」とプリントアウトしてラミネート。

置いた袋の数が全部で27袋
夕暮れになり、残っている袋の数が3袋
で、箱の中に入っていた金額が1440円。。。

世の中、こんなもんですかねえ。(-_-)


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2007.04.02

4月です

つくしんぼも本日より新年度に入りました。
NPOとしての総会は、3/31にやってしまったので、あとは書類提出のみ。
つくしんぼとしての書類も、早々に予算と決算を仕上げ、異動やら新人やらで混沌としている市役所の障がい福祉課に提出してきました。
とはいっても、去年度まで用の雛型での書類です。
今年度は、通所デイグループ事業でなく、障害者包括事業(?)のはずなので、あとで修正依頼が来るだろうけど、それはそれで、まあいいや、と。

あれやこれやの事務・経理等の作業が終了後、私は本格的に映画製作に専念させて貰えることになっています。
が、なんだかんだと1ヶ月ぐらいかかってしまいそうな予感。。。

なにはともあれ、早いとこ2稿の脚本仕上げて、三浦市に提出してこないと。。。

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2007.03.29

エキストラ

一周忌の会のすぐ翌日で、実はのんびりしたいところなのですが……。
つくしんぼの子どもたちが、映画のエキストラ出演を依頼されており、朝7時集合で法政大学ピュアピュアのメンバーと一緒にロケバスに乗って、はるばる山梨県のロケ現場である“児童館”まで行ってきました。

重松清 原作 の「きみの友だち」という作品の映画化で、製作は WOWWOW とのこと。フリースクールの指導員がヒロインの話です。

フリースペースつくしんぼは、不登校のためのフリースクールじゃないんですけど……。
この映画のプロデューサーの神野さんとこの家の子もまた発達障害系なので、細かいことはまあいいかな、と。(^o^)

監督は廣木隆一さん。苗字が“ヒロキ”です。
大輝は名前が“ヒロキ”です。(^o^)

実は廣木監督とは、ヒロキが生まれるより前に組んで一緒に仕事をしたことがあったようななかったような???
悲しいかな、20年近く前のことで、何の作品で組んだのかよく憶えていなかったりしている健忘症の私です。(^^;

私としてみれば、久しぶりに映画撮影の現場を見学させて貰った、って感じで……。
なんていうか、圧倒される感じで……。
で、感想としては、私なんかに映画製作が出来るのかなあ、と……。

 

 

【「ぼくうみ上映会」を企画してくださる方、募集中! m(__)m 】

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2007.03.26

3/28(水) ヒロキ一周忌の会

お時間がありましたら・・・。m(__)m


【「ぼくうみ上映会」を企画してくださる方、募集中! m(__)m 】

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2006.12.03

やきいも大会

昨日はつくしんぼの庭でやきいも大会でした。
11年間、毎年欠かさず続けてきているイベントです。
当初は、つくしんぼのメンバーでのやいきもでしたけど、ここ数年は障害児とか健常児とかに関係なく、地域の子どもたちの親が集まりである「にこにこくらぶ」というグループが主催しています。
やきいもの他にも、子どもたちの参加できる“お店”と名づけられたイベントがいくつも用意されていて、今年も数えたわけじゃないけど、100人を超える親子が参加していた感じです。
社会福祉協議会からの助成金を利用してのイベントなので、参加費はもちろん、やきいもや豚汁の料金もすべて無料です。

50kgのサツマイモを一気に焼きます。
そのため、相当量の木材と落ち葉を燃すことになります。
ゆえに、相当量の煙が発生します。

いちおう消防署には届けてあって、やきいもぐらいの落ち葉焚きであれば、ダイオキシンが出るわけでもなく、「どんどんやってください」なんて言って貰えるぐらいで、なんの問題もないんですけど……。
それでも今の時代は、庭とかでゴミ燃すのはヒンシュクの時代です。
そのせいか、今年もやはり、苦情を言いに来る人がいました。

今の子どもたちがやきいも出来る機会や場所なんて、まずないんだし、毎日やってるわけでなく年に1回だけなのだから、僅かの時間、許してくれてもいいと思うんですけどね。
心が狭いっていうかなんていうか……。
ま、いちおう「スミマセン」とか謝りはするんですけど、全然心が籠もってないわけで……。(^^;

いつもと変わらぬやきいもの光景でしたけど……。
やきいも食べるのなんか好きじゃないけど、それでもみんなに混ざっていつも砂場で遊んでいたヒロキの姿だけが、今年はありませんでした。。。
それがやっぱり、淋しいです。。。

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2006.08.20

ポップコーン販売

R0011574
毎年参加させて頂いている南町田のの町内会の盆踊りで、今年もポップコーンを売ってきました。塩味じゃありませけん。キャラメル味です。(^o^)
手伝いは、次男とその友人。つくしんぼとしての参加なのですが、しっかりバイト代も払います。でないと手伝ってくれないので……。
売り上げが3万円弱。純利で2万円ぼちぼち。まあ、こんなもんでしょう。

いつもなら、店の背後にビニールシートを広げて、、そこにヒロキが靴脱いでデーンと居座って、マクドナルドやらケンターキーやらを頬張るのが恒例だったんですけどね……。
なにもかもが毎年一緒の風景なのに、ヒロキだけがいません。
やっぱつまんないです。

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2006.07.31

大地沢・夏物語

去年の秋に、大地沢、行きました。
今年は夏のお泊まりです。
つくしんぼメンバー11人に対して、法政大学現代福祉学部サークルぴゅあぴゅあのメンバーのボラが28人。さらに、つくしんぼの職員が私を含めて5人。つくしんぼの子どもにしてみれば、そりゃもう至れり尽くせりなわけなのですが……。
合計がなんと44人!! 対し、予約していたキャビンの定員は40人。
言わなきゃバレんのに、馬鹿正直に申告してくれた某ボラ長君。定員オーバーの分、空いているバンガローも借りて欲しいと言われてしまい……。
大地沢は町田市行政の運営している施設。あちらの言い分は至極当然なわけで……。
ま、プラス3000円で済むので、全然構わないのですけど……。(^o^)

行きの車の中で、私、この連絡を受けたのですが……。
直感的に、私、感じたものがありまして……。

特に使い道もない定員8人のバンガロー、誰も泊まりたい連中はいないわけで……。
私の独断で、私が一人で利用させて頂きました。だってうるさい子どもと離れて一人のびのびできるわけで……。(^^;

ウチのヒロキのスケジュールボードの“今日の予定”は「大地沢」。
大地沢が大好きだったヒロキです。間違いなく一緒に来ます。

夕飯時……。
持って行った写真の前に、夕飯メニューだった大好物のカレーライスも置き……。
(それは、そのまま私の胃の中に入ってしまったものでもあるのですが…)

そして深夜……。
バンガローは室内で上下階にわかれており、室内階段がありまして……。
ふと感じる感覚……。
ぼんやり見ると、室内階段の下から三段目、右側の手すりにもたれる感じでヒロキが座っていて、下のフロアに寝ていた私を見降ろしていました。
で、私が待っていたのはヒロキだけなのですけど、そこにやって来ていたのはヒロキだけでなく、なんだかとっても大勢がバンガロー内にやって来ているような感覚が満ちていました。ヒロキが仲間を連れてきていたのかなあ……。

話しかけたんですけどね。返事はなかったです。
逆になんか話しかけて欲しかったけど、たぶん返事はないだろうなと思った通り、ヒロキはそこの階段にただ座っているだけでした。
自閉のままっていう感じでした。(^o^)

無駄金のプラス3000円でバンガローを借りさせたの、なんていうか、ヒロキだったような気が……私にはしています。

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2006.06.09

NPOになりました

私が代表をつとめるフリースペースつくしんぼが、5月30日付でNPO法人を取得し、特定非営利活動法人はらっぱとして再スタートを切ったことになっています。
といっても、活動自体はなにも変わっていないのですが……。

つくしんぼは、今からちょうど10年前の6月1日に、長男・ヒロキのためにと思ってはじめた私施設です。
スタートから2年後して行政から補助金を貰えるようになっても、無認可である限り、それはあくまで個人が運営する私施設でした。
それが、NPOとなったことで、晴れて公的な団体になったってことになります。

複雑な心境です。
おめでとう、と他人に言われます。
でも正直、私にはおめでたくもなんともありません。
ヒロキがいなくなった今、なんで私がつくしんぼを続けなければならないのか、よくわからないままの状態が続いています。私は私です。私は公なんかじゃないのです。
もちろんつくしんぼをつぶす気はまったくありません。
でも、私がやる必要も、今はもうないような気がしてならないのです。

悲しくなるのは「ヒロキ君がいなくなった分も、他の子のために頑張って」と言われることです。
私は聖人君子じゃありません。自分の子に注いでいた気持ちを他の子のために注ぐなんていう器用なこと、今の私に強要されても困るし、なにより出来る自信がありません。

今はただ、やらなければならない事務仕事だけをするようにして、あとは出来るだけなんにも考えないようにしています。
でないと、つくしんぼを続けていること自体が辛過ぎるのです。

早く元気にならなければ……とも、今は思っていません。
そう思うこと自体を、頭と体が拒否するからです。

とにかく今は、なんにも考えたくないのです。

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2006.06.05

つくつく通信

つくしんぼHPつくつく通信のページに、最新の通信をアップしました。
ささえる会のみなさん等に送付させて頂いてるものです。
長男の追悼特集号にさせて貰っています。
よろしかったら読んでみてください。m(__)m

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2006.02.07

NPO申請

先週、風邪引きのなか、都庁まで行って、NPO申請の相談を受けてきました。
あちこち書き方に間違いはあったものの、大きなミスはなく、やはり風邪引きのままに書類をつくり直し、やっとこさ出来上がった書類を都庁宛に郵送しました。

これで、特に問題がなければ、4ヶ月ちょっとでつくしんぼは自動的にNPO法人になってしまうわけです。なんだか変な気分です。

本音言うと、私はNPO法人なんかにわざわざしたくはないのです。
だって、NPOになったところで特典があるわけでもなし、単に私の事務仕事が増えるだけなわけだし……。
社会のためとか、そんな偉そうなこと考えてもないし。単に自閉の長男のため、と思ってスタートしてみたら、なんとなく10年が経ってしまっただけであり……。

それでも、自立支援法絡みで、無認可のままだと東京都からの補助金が切られてしまう恐れがあることを聞かされ、そりゃヤバいとばかりに駆け込むようにNPO申請しただけ。なんとも志の低いこと。(^^;

ちなみに、法人名はいろいろ考えた結果、はらっぱ にしました。
つくしんぼが立ってるのって、私の記憶のなかでは、たいてい原っぱだったから……。

私がぱっぱらぱーだからとか、そういうことは関係ありません。m(__)m

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2005.11.23

かまぼこ板絵コンクール作品展

自閉の長男と二人、箱根の麓の鈴廣かまぼこ博物館まで行ってきました。
箱根駅伝の第4中継地点の駐車場のあるとこです。(^o^)

SANY0841
この作品展、かまぼこ板を使っての作品展なのですが、2年に1度あるのだそうです。
で、ウチの施設の関係者が3人、入選&入賞をしてまして……。
一人は、ウチの造形の先生をやってくださってる高尾先生の作品。
もう一人は、ウチの会員のコウキくんの作品。
ついでの一人は、関係ないのに出店したウチのヨメさんの作品。(^^;

ちなみに、ウチの長男は、かまぼこ板絵などにはまったく興味なく、ずーっと手回しアニメ(HPにそのアニメあり)に見入っていました。

で、ウチの息子はかまぼこなんかまっくた喰いません。。。

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2005.11.21

柿の木

SANY0754
今年は実がいっぱいなっている。小さいものばかりだが、美味そうに見えないのだが、齧ってみるとかなり甘~い。
が、柿にせよ栗にせよビワにせよ、ナスもキューリもトマトもそうなのだが、このテのものは、たくさん実がなるとすぐ飽きてしまい、食う気にならない。
かといって、誰かにあげるにも、取るのが面倒なので放置。
結局、霜の降りる季節になって、葉っぱも落ち、実もしぼんしまうのが毎度である。

「桃栗三年、柿八年」と言うが、この木は戦時中に植えたという話なので、もう60年以上も経っていることになる。かなりのじいさん木だ。いや、実をつくるのだからばあさん木かも。(^o^)

子どもの頃から、登っていた木だ。目をつぶっていても、どのあたりからどの方向に枝が伸びているかを記憶しているので、登れてしまったりもする。
もっとも最近は四十肩(それとも五十肩?)が痛く、とてもじゃないけど登れないが……。

今はないが、以前は柿の木のすぐ横にオンボロの物置小屋があって(写真の玩具の小屋ではない)、枝から物置の屋根の上に登ったものだ。さらにその屋根経由で、母屋の屋根の上にも登れて、私はトタン屋根のてっぺんでよくボーッとしていたものだ。そのまま寝てしまったこともある。けど、落ちたことはない。それほどアホではない。

小学校の頃の国語の教科書に……。
「じいさんが柿の木を可愛がっていて、そのじいさんが柿の木の根元に大きな石を置いたところ、毎年なっていた柿の実がその年に限ってならず、じいさんは『可哀相なことをした』と言って、頑張って大きな石をどかしていたところポックリ死んでしまった」みたいな話が載っていたことを記憶している。
ストーリーだけ覚えていて、話のテーマが何だったのかは全然さっぱり覚えていない。
が、なにはともあれ柿の木の根元に石を置くと死んでしまうので、脳梗塞の発作経験のある私は気をつけよう。(^^;

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2005.11.19

大地沢一泊

早くも一週間経ってしまうのですが……先週末の話です。
11/12(土)~13(日)にかけて、つくしんぼメンバーで大地沢に一泊してきました。
毎年、夏休みに行っていた一泊なのですが、今年は予約するのを忘れまして。
(夏休みの予約がゴールデンウィーク前だなんて、そりゃ忘れるって)

ここ数年連続で夏の宿泊ボラをしてくださっている法政大学現代福祉学部サークル「ピュアピュア」のメンバーが、今年もやりたいと言ってくれたので……。(^^;
12人の子どもに対して、20人以上がボラとして参加してくれているので、とってもありがたかったです。m(__)m

SANY0817

で、おどろいたこと。
なんとなく、つくしんぼの押し入れ内で数年眠っていた花火を持って行ったんです。
火つけ用のローソクは持って行きました。けど、ライターは持って行きませんでした。ちょっと捜したけど見当たらないし、どうせ学生の誰かが持ってるだろうと思ったからです。
ところが、なんと誰一人としてライターを持っていない!!
大学生が20人以上も集まっていて、喫煙者ゼロ!! だったのです。

私の大学時代のサークルなんて、部室の壁はヤニだらけ。天井がいつも紫煙で見えない状態っていうのがフツウだったと言うのに。
ほんと、時代は変わってきてるんだなあ……。

あ、花火は、他のグループの母チャンからライター借りて、無事やりました。

ちなみに、禁煙して3年が経過。> 自分
学生たちも偉いけど、私も偉いです。(^o^)v

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2005.11.18

ああ、勘違い!?

えっと、ウチの施設の名前はフリースペースつくしんぼです。
ウチのHPはこちらです。

で、ここでちょっと9/9の私のブログを読んでみてください。m(__)m

ここのウチと同姓同名のフリースペースつくしんぼの方が、今日、つくしんぼ(ウチ)に、はるばる訪ねていらっしゃったのです。
長崎は五島列島にあるつくしんぼのHPはこちらです。

で、いろいろ話をしたのですが。。。
今年の春に開設してるとHPにあるのに、子どもの活動はこれから始めると言うし……。
超田舎のはずなのに、目の前の道の車の往来が激しいと言うし……。
広い活動場所があるはずなのに、場所がないとか言ってるし……。
どうも話が噛み合っていない??? ような。。。

もっとも、ウチの見学にいらっしゃったわけだし、あちらの施設の様子のことは二の次なので、特に質問もしなかったのですけれど。

で、お帰りになられてから、やっぱりどうにも気になるので、貰った名刺のURLでHPを覗いてみて……ほぇ~!? 思いっきりビックリしてしました。
今日いらっしゃったのは、こちらの佐世保のつくしんぼの方だったのです。

僅かの期間に、日本の最西端に位置する長崎県の、それも2つのつくしんぼと私はアポとっていたわけです。
でも、私は2つが別物だなんて、全然気づいておらず……。

いやはや、大変失礼いたしました。m(__)m > 本日のお客様
携帯の番号がわかってたので、慌てて電話して謝りましたが……。
なんともカッコ悪い。。。
ま、笑って誤魔化すしかないんですけど。(^^;

ちなみに、ウチの市内には、私が知ってるだけでも、4つのつくしんぼと名乗る団体があります。
紛らわしい名前つけるんじゃねーよ。> あっちこっちのつくしんぼ (^o^)

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2005.10.04

10周年イベント、終了

9/27~10/2のつくしんぼ10周年記念の作品展、無事終了しました。
9/30の夜にはギャラリーのあるフロアの部屋で記念パーティも開きました。
この10年の間につくしんぼに関係者してくださった方々(元会員・元職員・ボラのみなさん等々)に声をかけ、外からのお客は一切ナシ、完全内輪のパーティでした。
何人ぐらいになるんだろう、と思いきや、こんなに集まってくれました。
いい加減な放課後活動も、10年やってると歴史になるようで……。(^o^)

10nen-party

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2005.09.29

イベントの風景

SANY0704
こんな雰囲気でやってます。
映っているのは、つくしんぼの絵画造形をお願いしている高尾先生と、
藤田学町田市議ご夫妻。
藤田さんは、なにやら本日、重大な発表(?)があるとのことです。(^o^)

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2005.09.27

記念イベントをやっています。

ウチの施設(つくしんぼ)で、10周年記念イベントとして、本日より10/2まで、作品展をやってます。
ご近所でお時間がある方、よろしかったら覗きにいらしてください。m(__)m

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2005.09.09

フリースペースつくしんぼ

ウチの施設、姓は「フリースペース」、名は「つくしんぼ」。年齢は10歳です。(^o^)
川崎にある「フリースペースいろはにこんぺいと」という障害児の放課後活動グループがありまして、そこの代表からフリースペースの部分を譲り受けさせて貰いました。
当時(10年前)はまだ、不登校の子の通う場所にフリースクールは使うものの、フリースペースを使うことはまずない時代でした。

つくしんぼという名前の作業所や子どものグループは全国に無数あると思います。
でも、つくしんぼの前にフリースペースがくっついているのはウチだけだと思っていたのですが……。
ネットで暇つぶし検索をしていたときに、こんなグループを見つけました。

http://www17.ocn.ne.jp/~tukusi/

まさか、同姓同名の施設があるとは。。。。。

掲示板があるので、洒落で足跡を残しておいてみたのが2ヶ月ぐらい前。
そしたら今日、その施設の方から電話がありまして……。
「何かの縁ですから……」って。
何かの縁と言われても。。。(^o^)

HPをみて、九州は長崎の施設だっていうことだけはなんとなく覚えていたのですが、長崎のどこなのかまではチェックしていませんでした。
で、電話の後、ネット地図のマップファンで調べてみました。

あれ? ここってどこだ? ほぇ? ごっ、五島列島???
うわっ、島だ島っ!! 超々ド田舎だ。こりゃもう瑠璃の島状態だ。(^o^)

すっごいところにフリースペースつくしんぼがあるんだなあ、って、妙に感心してしまいました。
あ、来年の夏の次男との旅行、四国か九州って言ってたけど、無性に五島列島に行きたくなってきた気分。。。(^^;

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2005.04.30

バーベキュー

今日はウチの施設の総会でした。
ゴールデンウィークの真っ最中に総会なんて、って思われるかも知れません。
が、ウチはこれでいいんです。
総会は短時間でさっさと済ませ、あとは新人歓迎のバーベキュー大会なので。
うしろにバーベキューが控えていると、みんな早く食べたいので、総会はさっさと終わりますし。(^^;
なんだかんだいって、この季節の総会もバーベキューも10回目です。

自立支援法絡みで、東京都の補助金体制も変わる可能性大です。
そうなると、ウチのような無認可で超弱小施設はどうなるのかわかりません。
で、自立支援法の内容からして、最低でもNPO法人の資格をもってない団体は完全に相手にされない可能性があるとのこと。
というわけで、ウチもNPOを取る方向で動くことを総会で確認しました。
正直言って面倒臭いのです。私の事務処理能力は超ザルレベルだし……。(; ;)

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2005.03.31

年度末

ウチの施設の場合、行政から補助金を受けて運営している関係と、学校との絡みもあり、本日が年度末。大晦日みたいなものです。
今日で最後の子どもがおり、今日が最後のパート職員がおり。。。
なんとなく最後の日っぽいイベントで活動を終了しました。

作業所等の場合、年度末に休みを入れていることが多いみたいなのですが、ウチの場合は子どもたちの春休みの真っ最中。明日にはもう新年度の活動があるので、どうにもメリハリがつかないかったりもします。

忙しいと思っていた予算決算の仕事も、少ない予算 & 毎年やっていると慣れたもので、もう数字合わせの部分は無事完了してしまいました。
(数字が合わないと、そりゃもう地獄…)
なので、妙に気楽です。
なので、サボろうと思っていたblogを書いていたりします。(^o^)

明日からウチの施設、いよいよ10年目の活動に入ります。
こういう場合「気分を一新して!!」とか言うべきなのでしょうが……。
私は…ぶっちゃけた話…慣れ過ぎてて飽きてしまってたりします。(^^;

なんか新しいことやりたいなあ。。。

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2005.03.20

そしてそして今は・・・

今、プレッシャーとか、特には全然ありません。
胃潰瘍とかも全部治ってしまってるので、太るばかりです。(^^;
自閉の長男が成長するにつれ、夫婦でしんどさ、ボディーブローのように募らせてはいますが、そう簡単にダウンはしないつもりでいます。(^o^)

ただ、なんとなく淋しいんです。
あの楽しかった脚本家時代には、もう戻れないと思うと……。
他人は、戻れば、とか簡単に言ってくれますけど、脚本は注文仕事です。依頼がなければ書けないのです。
今はもう、私に注文出してくれるプロデューサー、一人もいません。(; ;)

才能なかったけど、全力で神経集中して書いてやっとオーケー貰えるレベルの三流ライターだったけど、ほんと楽しかったです。
だって、自分の書いた作品が映像化されるんですもん。
楽しんだうえに、ギャラ貰えて、おまけにあとでビデオ印税まで貰えて……。(^^;

そんな欲求不満解消の手段の結晶が……「ぼくうみ」だったわけです。(^o^)

……というわけで、ボチボチ私のBLOGも5月の振り出しに戻ったようで。。。(^^;

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2005.03.19

そして今は・・・

今は、会員に恵まれていると思ってます。
ちゃんとした意識を持ち、節度のある保護者ばかりです。
だから、私としてはやりやすいです。(^^;

職員も頑張っていろいろやってくれてます。
私はしょっちゅうブツクサと小言ばかり言ってますが。(^o^)
なんだかんだ言って、私は活動に関してほとんど何も考えなくて済んでいます。
だから、私としてはやりやすいです。(^^;

ただ、本音言うと、私自身はあんまり楽しくないんです。
立ち上げ当時みたいに、心底楽しむことができないんです。
なぜか……それはたぶん、根っからの物書き根性ゆえ、なんだと思います。

大学出てからつくしんぼを始めて数年の頃まで、約15年間、私は物書き仕事だけで食ってきました。
それは弱肉強食の世界でした。原稿代としての成功報酬しか貰えない世界でした。
いくら頑張っても、ボツになった原稿にはギャラは発生しないわけです。

いつもいつも、すごいプレッシャーでした。胃潰瘍と十二指腸潰瘍は慢性的でした。
でも、そんな環境が快感だったりもしていたんだと思います。

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2005.03.18

いろんなことがありました

ちゃんとした福祉施設にするために頑張ろう、と思ってた頃もありました。
だけど、正直言って、荷が重かったです。
結局、責任がすべて私一人だけに集中してしまうのです。

一生懸命やったって、褒められもしません。
その代わり、ちょっとでも失敗すると、そりゃもうクレームの嵐でした。

で、私だって、ただの自閉症児の親なわけです。しかも、まだ息子は小学生。おまけに重度の自閉症……。
なので、途中から決めました。出来る範囲のことはするけど、出来ないことは無理してまでしない、と。

ケンカ別れした保護者は、代表である私に対し、次から次へとムチャクチャな要求を突きつけてきました。
利用者 = 権利者 と平然と言ってのける人たちがいました。
「通ってあげてるんだから」とまで言われました。
私は、理不尽な要求は突っぱねました。
それに納得できない会員は、やめていきました。
私は、この指とまれ方式で施設をはじめたこと、とっても後悔したものです。
ちゃんと話し合いからスタートすべきだったなあ、と……。

ほんと、施設運営なんてやめたいと思いました。
でも、いろんな人に止められて、今もなんとなく施設の代表を続けている次第です。(^^;

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2005.03.17

10年も経つと・・・

グループの立ち上げから10年も経つと、施設によっては、ちゃんとした社会福祉法人になっちゃっているところもあります。それぐらい10年っていうのは短いようで長い時間なわけです。
なんてったって、10年ひと昔というぐらいですもんね。

でも、ウチ(つくしんぼ)は、補助金を貰いはじめて以来、ほとんど何も変わっていません。
時間が止まってるかのように、そのまんまです。(^o^)

会員は変わりました。
卒業してった子もいれば、ケンカ別れしてやめてった親子もいます。(^^;
(こればっかりは、こういう活動をしていると意見の相違もあり、仕方ないと思っています)
その結果、一番幼かったウチの息子が、今や一番の年長です。
(それでもまだ中学生じゃんと言われそうですが……)

職員はずいぶんと入れ代わりました。あ、こっちはケンカ別れはありません。(^^;
ウチの場合、他の施設が羨ましがるぐらいのイキのいい職員をゲットするが得意なんですけど、補助金も少なく、ゆえに給料が安いゆえ、そんなに長い期間キープ出来ないのです。
職員に対しては、どうしても、ウチでの仕事の経験を次の仕事へのステップと考えて欲しい、とぐらいしか言えんのです。(; ;)

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2005.03.16

補助金認可施設になって

なんていうか、職員がいて、新しく募集したメンバーである子ども達がいるという環境は新鮮で、結構楽しかったわけで……。
代表といっても、仕事が入ればつくしんぼは職員たちに任せて、私は脚本家業の方に専念させて貰ってましたし……。(^^;
あくまで二足のワラジが基本と考えていました。

ただ、それまで恐いもの知らずの言いたい放題状態だったのが、すっかりおとなしくなりました。
通信やHPでの行政攻撃もトーンダウンし、守りの態勢っぽくなってしまい……。(^^;
最初にウチの担当になった障害福祉課の職員が新卒ですごく一生懸命いろいろやってくれたってこともあります。

それが1998年。windows98が出た年なのだから、すぐこの間のような気がするのですけど。だってつくしんぼの子ども用のPCはwin98が現役ですもん。(^o^)
でも、もう8年も前のこと。
その前に2年の準備団体時代もあるので……。

あちゃあ、なんと4月からの年度で10周年になってしまうつくしんぼなのです。

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2005.03.15

3年目の春

さて、つくしんぼの話ですが……。
3年目の春より自治体側から補助金を貰えるようになり、ゆえに職員も雇えるようになり、やっと施設っぽい活動も出来るようになりました。

私としては、この時点で施設運営を誰かに任せて、私自身は物書き稼業を続けていきたいと考えていたのですけれど……。
それまでの2年間、ほとんど一人で切り盛りしてきてしまったゆえ、代わりに責任者をやってくれる人もなく、結局「代表」という肩書きで続けることになりました。
まあ、物書きとの二足のワラジでもなんとかやっていけるだろう、と……。

甘かったです。脚本の仕事は監督やプロデューサーとの打ち合わせの積み重ねです。その打ち合わせに行く時間が作れないのです。
たいていは打ち合わせは製作側の都合で決まることが多いです。もちろん脚本家側の都合も聞いてくれますが、私みたいに「土日しか打ち合わせ出来ない」なんて奴、使いづらいったらありゃしないわけで……。
アニメ作品は毎週放映です。ロクに打ち合わせもできない脚本家なんかの都合なんて聞いちゃいられません。
そんなわけで、あれよあれよという間に、我が儘な脚本家への仕事依頼は激減していきまして……。

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2005.03.03

補助金無しで…19ヶ月

翌年度は補助金はつきませんでしたが……。
翌々年度には、晴れて補助金が頂けることが決定しました。

連絡は、たしか暮れ押し迫ってだったと思います。
市役所に呼ばれ、市長と助役に会い、確約を貰ったように記憶しています。
なによりのクリスマスプレゼントでした。m(__)m

で、何で補助金貰えたんだろう? って考えてみました。
そしたら、年明け早々に市長&市議選があったんですね。
……って、実は、それを計算に入れてました。
このタイミングを逸したら、それこそ永久に補助金が貰えないような気がして……。

前の年の途中あたりから「補助金貰えなかったら、つくしんぼの代表は市議選に出るかも」みたいな噂が……。
その噂、誰が流した? さあ??? (^^;
でも、それからでした。地元の現役市議サンたちが思いっきりウチの応援をしてくれ始めたのです。
まあ、共倒れは嫌ですもんね。(^o^)

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2005.03.02

補助金無しで・・・

結局、市長の“ツルの一声”の通り、翌年度に補助金はつきませんでした。
ウチだけでなく、他の申請新規施設、すべてがダメでした。

そしてその年、障害者計画の策定がありました。
策定委員会ではヒアリングというのを行なうというので、つくしんぼが補助金を貰えず困っていると訴えにも行きました。わざわざ子どもたち連れで……。(^^;

そしたら、かどうかは知りませんけど、中間答申の段階で「障害児の放課後施設の充実」みたいの項目が載りました。(^o^)v

しかし、最終答申からは、その項目が消えていました……。(; ;)

でも、ほんと、この頃がつくしんぼをやっていて一番楽しい時期でした。
なんたって、無責任でいられましたもん。やりたいこと、楽しいことはやる。やりたくないこと、つらいことはやらない。それでよかったわけで。
集りたければ集まって、休みたければ休んで、誰が来ようと来まいと自由で、何があろうと自己責任が基本で……。

本当の意味での「フリースペース」だったような気がします。

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2005.02.26

まちされん

最初は半ば買収される感じで入会した町田作業所連絡会ですが……。(^^;
(約50万円ものお金を貰い、当時はほんと助かりました。m(__)m )
ほんと、仲間に入れて貰ってよかったです。

市内にある40ヶ所弱の施設・団体による会なのですが、この会経由で市内の福祉情報を事細かく教えて貰うことが出来ました。
また、多くの団体の方が福祉課となにかしらの話し合いの際に、ついでに「つくしんぼに補助金出してあげてよ」って言ってくれて、そりゃもう嬉しかったです。
国の情報や都の情報なども、市側経由より圧倒的に早く教えて貰うことが出来ることにも感謝してます。
なによりも、同じような活動をしている人たちと仲良くさせて貰える機会を得たことに感謝してます。m(__)m

現在では町田作業所連絡会自体がNPOを取得しています。
会員が団体であるケースのNPOってのは、なんでも全国で最初だったとのことです。
もっとも私自身は、NPOになっての特典ってやつがさっぱりわからないままなのですが……。(^^;

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2005.02.23

頑張ってる、のかなあ???

つくしんぼに集ったこちら側は、いたってのんびりゆっくりしていたのですけれど……。
通信やHPを通してつくしんぼの活動のことを知ってくださった方々の目には、そうは映っていなかったようです。

「大変ねえ」とか「頑張ってらっしゃるのねえ」とか「すごいねえ」とか……。
なんだかたくさんの褒め言葉を頂きました。
こっちは大変とも頑張っているともすごいとも思っていなかったので、妙に照れ臭かったことを覚えています。(^^;

資金集めのバザーをやると言い出せば、たくさんの寄付が集まりました。
地域のお祭りには、露天商よろしくお店を出させて頂きました。
賛助会員の募集を始めれば、たちまち大勢の方が会員になってくださいました。

単なる障害児の親のサークルに過ぎないのに、町作連(町田作業所連絡会)にも参加させて貰いました。
いや、強制加入させられたような……??? (^^;

なにはともあれ、頑張ってる、というより、徹底的にいろんなことを楽しんでいた開設当初です。(^o^)

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2005.02.22

のんびりゆっくり。。。

「補助金が貰えないのなら活動をやめようか」なんて声はまったく出てきませんでした。
せっかくはじめたのだから、補助金があろうがなかろうが、のんびりゆっくり活動していればいい……というのが、集ったお母さんたちの多数意見でした。

なんたって、つくしんぼには集れる拠点がありました。があって屋根があって部屋があってもあるのです。これは大きいです。
拠点を探すだけで精一杯という放課後グループもたくさんあるのですから。
遊ぶ場所を探しているだけで疲れてしまう、なんて心配はありません。
好きなときにハンディのある子どもを連れて遊びに来てボーッとできる場所。他人の目を気にしないで時間のつぶせる場所。それだけでも親としては充分だったのです。
それだけ障害児親子って行く場所が限られていたってことです。

私も私で、いい加減でした。
表向きには「補助金欲しい~!!」って叫んではいたものの、内心はそんな切羽詰まったものでは全然ありませんでした。そのうち貰えたらラッキー!! もしかしたら、ずーっと貰えないかも。でも、それでもいいや、程度にしか思っていませんでした。

まだまだ脚本家としても忙しかったですし。(^^;

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2005.02.20

お楽しみはこれからだ

「くれると言うから活動を始めたのに、補助金くれないんなんてーっ!! (; ;)」
というのが、それからの私たちのスタンスとなりました。
まあ、切羽詰まったものではなかったのですけど、二言目には「補助金ほし~い!!」って感じのパフォーマンスしてました。(^o^)

発行通信の記事にもしましたし、少し経ってから立ち上げたホームベージの内容も「補助金くれー!!」って感じの内容が盛り沢山。
そんなホームページが日本中で有名になってしまい、意味不明の電話が何本も舞い込み、ウチの市の障害福祉課はさぞや困惑したことでしょう。
詳しいことまではよく知らないけど。。。(^o^)

ホームページ経由でだったか、福祉関係の雑誌に次から次へと記事として取り上げてもらい、東急ケーブルテレビには単発ニュース番組まで制作してもらいました。
(まあ、この企画の担当が私の大学の後輩ゆえ頼めたようなものでしたが。(^^;))

でもって、市長懇談に言って懇談ならぬ懇願をしてみたり……。
(市長の娘と私が中学の同級生だったゆえ、すっごく話しやすかったです。(^^;))
オンエアーされた番組のビデオを市長に届けたりもしましたっけ。

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2005.02.19

さてどうしようかな。。。

補助金が貰えそうもない、という不吉な話は、夏休みの活動の頃に私たちの耳に飛び込んできました。
活動を始めたのが5月末。書類提出が6月。そして、どうやら補助金なんて貰えないらしいという噂が流れてきたのが7月……。
しかし、なんとまあ浮き沈みの激しいこと。まるでジェットコースターみたいなつくしんぼでした。(^o^)

補助金が貰えそうもないことに関しては、つくつく通信の創刊2号(8月号)に私が記事として書いています。
で、その記事をあらためて読んでみると……。
「多額の借金の返済のこともこれから考えていかねばなりません」とか書いてあるじゃありませんか。
ウソです。借金なんてまったくしてませんでした。(^o^)
まあ、私が個人的に50万円ほど持ち出してはいましたけど……。

カッコは悪かったです。「補助金が貰えるからこの指と~まれ!!」って周囲に声かけしてはじめた放課後活動でしたから。
でも、別に私が悪いわけでもなし、悲壮感はたいしてありませんでした。

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2005.02.18

ウチの市の福祉の歴史(つづき)

80年代には行政主導の施設づくりが進み……。
やがてバブルの時代となり、市内には万国博のパビリオン(?)みたいな豪華過ぎる福祉施設等々が誕生しました。

90年代になると、障害者の働く場の不足が深刻になり……。
保護者等の市民主導による新規の無認可作業所の設立が続きました。
毎年5つぐらいずつ増えていったとのこと。
(ちなみに現時点で、ウチの市内には通所施設・作業所等が60ぐらい、グループホームが20ぐらいもあります)

当時の福祉部の職員は胸を張って言ってたそうです。
「土地さえあれば、上物だけならいくらだって市が面倒みてやる」と。

が、もはやバブル後の時代、市の歳入もどんどん減っていき……。
作業所の新設も96年を最後に激減することになります。

で、その96年の途中に、つくしんぼはスタートしたわけでして。
97年の現T市長の「今後福祉施設は作らない!!」発言に続くわけです。(; ;)

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2005.02.17

ウチの市の福祉の歴史

ここでちょっと、ウチの市の福祉の歴史を少しひもといてみたいと思います。
(間違ってたら指摘してください。m(__)m > 関係者の皆さん)

ウチの市の誕生は1958年。当時の人口は約6万人。(現在は40万人)
この時に福祉事務所と社会福祉協議会も開設されたとのこと。

ウチの市にとっての大きな福祉の転換期は1970年、O前市長が誕生してから。
市政の重点は「教育」「福祉」「まちづくり」。
かなりの福祉オタクの市長だったようです。(^o^)

翌1971年に授産事業がスタート、また障害児者の親の会なども発足。
72年には、日本初のリフト付車「やまゆり号」を導入。車椅子の行政職員を日本で最初に採用したのもウチの市とのこと。
73年、市内に養護学校が誕生。
74年、私もスタッフとしていた青年学級がスタート。

70年代後半には一気に障害児学級を増設。作業所も毎年1つずつぐらい開設。

で、気がつけば、全国で5本の指に入ると言われるまでの福祉の有名な市に成長していたそうです。

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2005.02.16

ジョーダンでしょ?

「新規施設は認めない!!」

最初にその話を聞いたとき、ジョーダンでしょ? って思いました。
実績さえつくれば、補助金は貰える。
東京都に申請して、却下されたケースは一度もない。
それが前年までのウチの市の福祉の常識でした。
だからこそ、福祉課の職員だって自信を持って施設づくりに協力してくれていたのです。(たぶん)
それが、この年。1996年に覆されてしまったわけです。

でも、ウチ(つくしんぼ)はまだいい方です。私が個人的に始めただけで、ほとんど出費がありませんでしたから。
他に、もっと大変なグループもありました。

この年、いくつか次年度の補助金対象施設になるべく活動をスタートしていました。その中のひとつの某グループホームは、補助金対象施設になれるという市職員の確約があったゆえ、100万単位の賃貸契約を結んでしまっていたのです。そのお金は代表者の個人持ち出しでした。
噂では、当時の障害福祉課長が、その代表サンに土下座して謝ったとか。。。

悪いのは市長でも福祉課の職員でもありません。バブルが弾けて7~8年目。時代は坂道を転がるように悪くなっていた頃でした。

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2005.02.15

補助金が貰えない?

次年度の4月から補助金が貰えるというウラ約束(?)みたいなものがあったから、施設としての活動をスタートしたつくしんぼですが……。
そんな順風満帆にいくもんじゃなかったようで。世の中、甘くはなかったのです。

というのも……。
東京都への申請書類提出の期限に間に合わせるべく、頑張って営業して会員を集め、活動もどきも始め、なんとか体裁を整えて書類を提出したわけなのですが……。
どうやらその書類は、東京都に提出されなかったようなのです。
なぜか?
それは、市長が突然こう宣言したからです。

「新規施設は一切認めない!!」

正確には、市の障害者ブランの策定に入るので、そのプランが完成するまでは、福祉関係の新規事業は一切凍結する、とのことらしいのですが……。

「こっちは補助金出してくれるっちゅーから施設始めたんだぞーっ!!」

と文句言ったところで、市のトップの決定。福祉課の職員にはどうすることも出来ないわけで……。(; ;)

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2005.02.03

お気に入りのエピソード

まだ補助金を貰えていない頃、活動をはじめて1年目かな、つくつく通信に関してのこんなエピソードがありました。

私、ふた言目には行政の悪口を皮肉混じりに記事にして書いていました。
「こんなこと書いてると永久に補助金受けられないぞ」とか言われたこともありましたけど、ウソを書いてるわけでなく、行政に媚びたからって補助金貰えるわけでもないので、書きたい放題書いて楽しんでいました。

と、とある市議会議員がウチの通信を握りしめ、障害福祉課の窓口に怒鳴り込んで来たんだそうです。
「こんな記事を福祉施設の奴らに書かせるな!!」と。
で、当時の職員は結構私達の味方だったりもしてくれたのですが、その窓口にいた職員はこう答えたんだそうです。
「でも、このつくしんぼってとこ、補助金対象施設ではないので、福祉課の方からはなにかを言える立場ではなく……」
と、その市議会議員、こう言ったんだそうです。
「だったら補助金出して黙らせろ!!」

そう言えば、このエピソードがあった翌年だったような。
ウチが補助金対象施設になったの……。(^o^)

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2005.02.01

町田市の反応

ホームページとつくつく通信は、とにかくつくしんぼの二大武器でした。
ペンは剣よりも強し、と言いますけど、脚本書くのが本業だった私は徹底的に活字媒体を武器にしていました。(^o^)v
営業とか喋りとかが思いっきり苦手ゆえ、他に武器にするものがなかっただけとも言えますけど。(^^;

今後書くつもりでいますが、けっしてつくしんぼは順風満帆に補助金を貰えるようになったわけではありません。翌年に貰えるはずだった補助金は先送りとなり、悪戦苦闘の末、結局貰えるようになるまでに丸二年かかりました。
で貰えるようになる過程で一番役にたったのが、この二大武器でした。

面白かったのは、これは後で聞いた話なのですが、ウチに直接ではなく町田市の方にもつくしんぼに関していろんな質問が行ってた、とのこと……。
市側にしてみれば、つくしんぼなんて施設として認めていないわけです。それなのに、全国的に有名な施設があることになっている。
一体何でだろう、とインターネットで調べてみると、つくしんぼのホームページがあるわけです。しかも、行政の悪口がいかにも説得力を持ってバーッと書いてあるわけですから、カッコ悪いったらありゃしないわけで。(^o^)

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2005.01.30

成り上がり? (^o^)

ホームページで全国的に有名になり……。
つくつく通信で町田市内では有名になり……。
さらには、雑誌では取り上げられるわ、テレビにも取り上げられるわ……。
補助金すら貰っていな弱小のグループが、勝手にどんどんメジャーになっていくわけで……。なんていうか、それがとっても面白かったです。(^o^)

いろんな変化がありました。
まず、見学者が増えました。見学されてしまうと、ホームページの内容と実際の状況のギャップがバレてしまうわけですが、別に隠すことでもないので、どんどんいらして頂きました。
相談事もたちまちいっぱい増えました。メールではもちろん、手紙なんかでも随分きました。みんな放課後の遊び場が欲しいんだなあってこと、痛感しました。

オイシかったのは、有名になったことで、寄付がいっぱい増えたことです。
みんな、インターネットで検索してウチを見つけたと言って、いろんな物品を寄付してくださいました。クリスマスプレゼントなんて、子ども一人一人に豪華オモチャを貰ったりもして、こんなに貰っていいのかな、っていうほどに……。(^^;

とにかく補助金ゲットに向けての営業はかなり成功の部類だったようで……。(^o^)v

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2005.01.28

ホームページ開設(つづき)

第一号だったなんて何でわかった? って聞かれました。(^^;
検索の結果、です。当時はロボット検索はなく、ヤフーの一人舞台でした。
で、ヤフーに登録されていなければ、それはもう存在していたことにもならないわけで。
「障害児」「放課後」等で検索したところ、2件ヒットしました。
北海道のつばさ学童というところと、筑波のぽらんの広場だったと思います。
でも、この両方とも、障害児を預かっている一般学童でした。
ということは、放課後グループとしての老舗HPはウチだと、勝手に決めました。(^o^)

なんせパソコンに触って1年足らずの頃です。何をやっても目新しいことばかり。
おまけに、HPを立ち上げた途端に「自分達も放課後グループを立ち上げたい」みたいな相談メールがたくさん来るようになりまして……。
メール処理だけに、毎日3時間ぐらい費やしていたように記憶しています。
偉そうに返事とか書いたりしたもんですけど、実のところ、つくしんぼは補助金すら貰っていない自主グループに過ぎなかったわけです。これから立ち上げようとする人と大して変わりゃしないわけ……。(^^;

なにはともあれ、HPの効果って、かなりすごかったです。
今は他の福祉施設関係のHPのなかにすっかり埋もれてしまっている感もあり、ちょっと淋しかったりもします。
でも、全然更新とかしてないしなあ。(^^;

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2005.01.26

ホームページ開設

つくつく通信のおかげで、フリースペースつくしんぼの名が町田市内で一気に有名になってしまいました。(^o^)v
まっ、名前だけですけど……。(^^;

一方、つくしんぼの名前を一気に全国的に有名にしてしまったものがあります。
それは……つくしんぼのホームページです。(^o^)v
まっ、名前だけですけど……。(^^;

今見ると、ウチのHP、どこにでもあるごくごく平凡なHPっていう感じに思われてしまうような気がします。
でも、当時は違ったのです。
何が違ったのかというと……障害児の放課後活動の施設としての、日本初のHPだったからです。
今でこそ、福祉施設や障害児施設であれば、雨後のタケノコよろしく、どこでもといっていいほどHPを持っていますが、当時は成人の施設のHPもまずありませんでした。
そんな頃に、障害児の放課後施設のHP第一号、老舗として、つくしんぼがHPを公開を始めたのです。(^o^)v

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2005.01.23

つくつく通信(つづき)

なにはともあれ、施設を立ち上げたことをPRせねば……。
印刷は、公民館にあったリソグラフ。とりあえず1000枚刷りました。

あらゆる施設に送りつけ、置いて貰えそうな公共機関窓口に頼んで置かせて貰いました。断られて、それでもこっそり置いてきてしまった場所もあります。(^^;
市長はもとより、市議会議員全員にも配りました。

福祉施設の会報で、縦型でタブロイド紙を意識したレイアウトってのはまったくなかったようで、発行当時からウチの通信はかなり目立ってました。

3号目からは、表裏印刷にしました。そうすると、障害者団体の会報として格安の料金で郵送出来ることを、よその施設の職員から教えて貰ったからです。

半ば私の趣味のような通信だったのですが……。
こういう紙媒体って、思った以上に効果のあるもんなんですねえ。
つくしんぼはアッという間に、地域で有名な場所となっていきました。
バザーをやると言えばバザー品がたくさん集まり、賛助会員募集をすれば大勢の方に入会して貰え……。(^o^)v
いろんなことをやればやるほど楽しかったのが、この頃です。

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2005.01.22

つくつく通信

新しいことを始めるというのは、何事にしても楽しいもので……。
つくしんぼを始めた当初は、ほんといろいろと変化に富んで、楽しかったです。
ましてや、翌年4月には間違いなく補助金は貰えるであろう、という保障つきでしたから、なおさらです。(^^;

施設もどきを始めて、一番やりたかったのは、よその福祉作業所等が出しているような通信の発行でした。
もともと物書きなので、文章で何かアピールできるってのが、快感のように思えて。
かといって、ワープロでコツコツつくるのは嫌なので、そのためにパソコンを買ったようなものでもありました。
で、パソコンを使っての編集作業を“DTP”と呼ぶことも、その頃知りました。
(実は、最初は“写真の現像印刷”と間違えました。“DPE”とね。(^^;))
ソフトには、ショップで偶然見つけたDTP専用の「ページれいあう太」というのを使いました。(しかし、安易なネーミングだよなあ。(^o^))

つくしんぼのマークはコツコツとドット打ちで作りました。
通信の名前は、つくしんぼ通信ではそのままなので、ちょっとひねってつくつく通信としてみました。(…って、ちっともひねってないなあ。(^o^))

で、記念すべき第一号は【こんな】感じでした。

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2005.01.21

走りながら考える

つくしんぼも、私の独断と偏見のうちにスタートしたわけで……。(^o^)
まあ、書類提出までに時間もなかったし、活動場所もメンバー集めもすべてウチら夫婦だけでやっていたゆえ、必然的にこうなった次第でして……。(^^;

ただ、なんていうか……。
これが、もし、同調者を集めて話し合いをしてからいろいろなことを決めていこうとしていたら、結局活動ははじまらなかったような気がします。
5人いれば5人の意見、10人いれば10人の意見がそれぞれバラバラなわけですから。話し合っても平行線となる決め事も多いし、多数決すればカドが立つし……。
決定してからでないと動けないとしたら、短期な私はもどかしくって、とっとと投げ出してしまってたと思います。
どっちかというと、走りながら考える性格なもんで。> 自分

1人の意見だけでどんどん進めていったからこそ、たった1ヶ月で活動がスタート出来たんだと、私は思っています。

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2005.01.19

この指とーまれ!!

施設や団体、グループ等のスタートにはいろんなパターンがあると思います。
そのなかでも、つくしんぼのような活動のスタートの仕方のタイプを、私はこの指とまれ型と呼んでいます。
話し合い等でで物事をひとつずつ決めていくのではなく、誰か一人が先頭になって「はじめるよーっ!! この指とーまれ!!」っていう感じで宣言して……。(^o^)/

その反対のパターンがこつこつ話し合い型。どちらかというとこっちの方がノーマルなかたちのスタートなのかな、と思います。
まずはメンバーを集め、メンバーが集まってからいろいろなことを話し合い、ルールをつくりながらひとつずつ物事決めていく……。

この指とまれ型には、長所と短所があります。
長所としては……物事が素早くどんどん決定していく点。(^_^)v
お山の大将一人だけの考えで何でも決まっていくのですから、誰かとの意見の食い違いというものが当然なく、決定が早い早い。
欠点としては……先頭に立った人間の都合やエゴで物事が勝手に進んでいってしまう点。(-_-)
声をかけられ指にとまった側には、意見を言ったり、ましてや反論する余地って、実はほとんどなくなってしまっているわけです。

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2005.01.18

実績づくり

実のところ、ちゃんと放課後活動をしているという実感なんて、なかったような気がしています。
なんせウチの長男はまだ幼稚園児なわけで、放課後という意識もなかったですし。
それよりなにより、活動をやっているという事実を積み重ねていけば、それが実績となり、補助金を貰うときの条件になる……それだけのためにつくしんぼで遊んでいたように記憶しています。

都への書類を提出した後は、障害福祉課長、福祉部部長、そして市の助役までが、どんな活動をやってるのかと、ちょこちょこ見学(?)にいらっしゃいました。しかもアポなし、突然に、です。
なので、仮にウチの息子一人でも、活動してるフリ(あはは)しなきゃならなかったですし。。。

活動しているという実績さえあれば必ず補助金は貰える、と最初に相談した福祉課の職員に言われていたので、とにかくコツコツと活動してるフリ(あはは)を積み重ねていた次第です。

あ、もちろん、週に1度か2度は、4~5人集まっての活動をやっていました。
親子で集まって、親は井戸端会議、子どもはただ遊んでいただけですけど……。

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2005.01.17

活動日誌、発見

スタート当初の毎日の活動日誌を、つくしんぼにあるオンボロ箪笥引き出しの奥の方から発見しました。(^o^)
これを見ると、5月19日の掃除の日から、子ども達も一緒に来ていたようで……。
とすると、活動のスタートは5月19日ってことなのかな。(^^;

メモに「1年目の活動日数が150日」と残っていたので、かなり頑張って活動していたんだなあ、と思っていたのですが、この活動日誌を見て、真相がわかりました。
活動といっても、ウチが親子でつくしんぼにいただけという日が半分ぐらいあります。
こういうのも活動って言えるのかしら???
ま、補助金貰うための実績づくりという点では、活動でしょう。(^o^)

とりあえず活動を始めてみたものの、何をどう活動すればいいのかもわからかったのが、スタート当初だったようです。
まあ、公園のかわりという発想からすれば、それでよかったのですけど……。

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2005.01.11

活動スタート!!

翌日の5月20日、フリースペースつくしんぼは晴れて活動をスタートしました。
といっても、なにをしたのか、何人ぐらい集まったのか、全然覚えていません。(^^;
初年度の活動日誌というのもあったはずなのですが、補助金を貰う以前のものが行方不明になってしまっていて……。
おそらくは子ども連れで集まった最初の日だったんだと思います。

放課後の時間帯、なんとなく親子で集まり、子どもが好き勝手に遊んでいる間、母親達は井戸端会議している、そんなのんびりした活動がスタートしたわけです。

職員はもちろんいません。ボランティアもいません。ただただ障害児の親子がのんびりできる場所、それがつくしんぼでした。
いや、障害児だけではなく、幼い健常児の親子も混ざってました。障害のあるなしとは関係なく親子が自由に集まってくつろいだり遊んだりできる場所として、つくしんぼは始まったのです。

でもって、日にちがわからないのですが、この開所日から5月いっぱいの間のどこかの日に、障害福祉課へ施設認可のための申請書類を提出したんだと思います。
「ちゃんと活動してるんだよ~!!」ということにして……。(^^;

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2005.01.09

まずは大掃除から

とりあえず始めてみることを決定し、施設の名前も決定し……。
次にやったのは大掃除でした。4日後の5月19日のことです。6人の障害児の家族が集まりました。
なんせ築50年を超すオンボロ屋敷です。床はあちこち抜けてるし、雨が降れば雨漏りだらけだし。掃除というより、修理といった方がいいような感じ。(^o^)

そんな家を賃借に使っていたわけです。> ウチの親(^^;
借り主サンは、実は自宅の建て替えの間の仮住まいと使っていたわけでして。きっと我慢して使っていたんではないでしょうか。(^o^)

で、嬉しかったのは、その借り主サン、新築の家には新品の家財道具が購入したいということで、洗濯機・冷蔵庫・食器棚・タンスetc. etc. を片っ端から置いていってくれたことです。ゴミも一緒にだけど……。
労せずしていろんな品物が揃ってしまったわけです。(^o^)v

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2005.01.07

二度目の集まり

メモを見ると、5月15日に、二回目の集まり、とあります。
この日には、少し話らしい話をしたようです。施設名を決定したと書いてあります。
『フリースペースつくしんぼ』という名称が決まったってわけです。
まあ、ビラを配布するときから、仮称として使っていた名称が、そのまま決定しただけってことなのですが……。
他の意見は一切なかったですし。要するに、なんていうか、みんな施設の名前なんてどーでもよかったのではないでしょう。どう転ぶかわからない集まりですし。(^o^)

ちなみに、この名称の由来は……。
『つくしんぼ』の方は、ウチらが住むつくし野という地名から。『フリースペース』の方は、川崎に「フリースペースいろはにこんぺいとう」という障害児活動のグループがあり、そこの代表のKさんに「ください」と言って頂きました。(^o^)v
最近は不登校の子ども達の集まる場所に「フリースペース」というよく言葉を使いますが、当時はまだそういう雰囲気は全然ありませんでした。
なので、なんとなく誰でも集まることの出来る障害児の遊び場、という感じでみんなに受けとめてもらえたようです。

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2005.01.06

安易なスタート

では、ぼちぼちとつくしんぼ開設当時編を再開しますです。
ただ、これまで何をどこまで書いたかよく覚えてません。> 自分 (^^;
ゆえに、おさらいから。m(__)m

障害児の学童をつくりたいと思いながらも、でもどう動けばいいのかさっぱりわからないと思いつつ。。。

4/4に市役所の障害福祉課に相談に行って、都への申請書類を貰って来て……。
4/9に小学校の校長に会員集めのための相談に行き……。
4/17に障害児学級の親たちに会員になって欲しい旨の相談に行き……。
5/9には集合してとっとと始めてみることを決定し……。

この間、わずか1ヶ月と数日。。。
うーむ、なんと安易なスタートなのでしょう。(^^;
まあ、私の人生のあれやこれや、何事に関してもこんな感じの行き当たりばったりが多いのですが。(^o^)

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2004.12.20

とりあえず・・・

そんなわけで、名前を貸して頂いた方々に声かけをし、とりあえず集まってみよう、ということになりました。
昔のメモを見ると、最初に集まったのが、5月9日となっています。
何人の母親が集まったのかは、メモに残ってないし、全然覚えてもいません。(^^;

ただ、今回は私一人ではなく、ウチの嫁サンも一緒だったので、ずいぶんと気楽だったように覚えています。
オバチャンパワーの中に父チャン一人というのは、ものすごく疲れるモンなんです。(^^;

メモによると「とりあえず始めてみようと決定」とあります。
建物はあるけど、他には何もない。
でも、建物があるんだから始めてみてもいいんじゃないか。
とりあえず気楽に始めてみて、とりあえず補助金貰えそうなんだから、とりあえず貰えてから職員とかは探すとして、とりあえずは集まってみて母親同志が井戸端会議などしながら、その視野の中で子どもを遊ばせておけばいいんじゃないか、と。。。

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2004.12.19

6人ゲット

それでも「障害児の放課後の遊び場のような施設をつくりたい」という思いはどうにか伝えることが出来たようで……。
今後の活動はともかくとして、市役所に提出する書類に書き込むための子どもの名前を皆さんに貸して頂きました。m(__)m
また、長男が通っていた幼稚園の方にも声かけをした結果、そちらでも何人かの子の名前を借りることが出来まして……。m(__)m

で、私としてみれば、とりあえず書類さえ出せればこっちのもんだ、っていうのが本音だったわけで……。
書類のことだけで頭がいっぱいで、実際の活動をどうするかなんて何にも考えていませんでした。(^^;

もっとも、書類上は実際に活動しているグループってことになっているわけですから、ボーッとしてもられません。何かしらの活動をしている“ふり”をしなければ……。
ふつうこういう活動がなかなか始められない最大の理由のひとつに、活動場所が見つからないという点があるわけです。
でも、私としてみれば、そこはクリアしてるわけで……。

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2004.12.15

究極の質問攻め・・・

説明したいことを一通り説明し終わるまで、母親達はずっと無言だったのですが。。。
終わった途端に怒濤の如き質問攻めに遭いました。

「で、誰が子どもを預かってくれるの?」
「だから、施設を立ち上げて補助金が貰えるようになるまでは、職員は雇うことができないわけで……」
「じゃあ、事故が起こったときは誰が責任とってくれるの?」
「だから、職員が雇えないから、親が面倒をみるということで……」
「それじゃあ施設とは言えないじゃない」
「だから、施設を立ち上げるためには準備段階が必要なわけで……」
「預かって貰えなきゃ意味ないじゃない」
「だから、預かれるような環境づくりから始めるわけで……」
「預けたい方だから、預けられるようになってから参加させて貰った方がいいわ」
「だから、預かれる環境をつくるためには、補助金を貰えるようにならなければならないわけで、そのためには会としてスタートしていなければならないわけで……」
「じゃあ参加してもいいけど、参加したら子ども預かって貰える?」
「だから、預かれる人間がいないわけで……」

私の説明が下手クソなうえにシドロモドロなので、どうにも話が堂々めぐりでかみ合わず。。。(; ;)

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2004.12.13

いざ、障害児学級へ・・・

校長の承諾を得てから……メモ書きを見ると……約1週間後の4月17日のことです。これから始めたいと思っている放課後活動の施設についての説明を障害児学級に出向いてしてきました。
たしかその日は、保護者会があって全員集まるから、と学校側で配慮してくれたように記憶しています。
当時、M小学校の障害児学級の生徒は6人。その6人全員の母親が、私の話をとりあえず聞いてくれました。

「えーと、ウチの子は来春小学校にあがるですけど、小学校にあがると通うところがなくなってしまうみたいなんで、通える場所を作りたいと考えているんですけど」
「……」
「場所はウチの実家だった建物をオンボロだけど使おうと思っています」
「……」
「そのことを市役所に相談に行ったところ、会員が6人いれば都に書類申請が出来て補助金が貰えるらしくて」
「……」
「でも、ウチの息子以外、仲間みたいなのはいなくて」
「……」
「だから、会を作りたいと思いまして。なんだっんたら、お子さん方の名前だけでも貸して頂けないかなあ、と」
「……」

母親達は、無言で私を値踏みしていたようで。。。
私はとにかくヒヤ汗もので。。。(^^;

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2004.12.10

いじめっこ同志

O校長との話は、次第に障害児をめぐる雑談へと発展していきまして……。

「小学校のとき、いじめてた同級生がいるんですよ。障害児で。それがあるときから学校に来なくなったんですけど、その彼とつい最近再会しまして。養護学校に転校して、卒業したあと、私のよく知ってる作業所に通ってたんですよねえ。今思うと、とんでもないことしてたんだなあ、と……」
「私もいじめたなあ。歩けなくて這っていて、それに平気で石をぶつけてたんだよなあ。そういう子どもの頃の思い出が頭の中にこびりついていて、逆に教師になろうと思ったような気がする」
「へえ……」
「そういえば、ついこのあいだ、障害児学級の担任をしていたときに教えてた子とバッタリ会って、声をかけたんだけど、ダーッと逃げられちゃってねえ。T君って言うんだけどね、いじめてたわけじゃないんだけど、自閉症ってのはほんと難しいよ」
「そのT君って、T・S君だったり……?」
「あれ、知ってるの?」
「青年学級で今私が担当しているんです」
「そうかあ、T・S君が世話になってるのかな。それじゃなおさらいろいろ協力させて貰わないとなあ」

障害者青年学級のスタッフやってて良かったア……と思った瞬間でした。(^^;

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2004.12.09

校長室

ウチの自宅から徒歩5分のところに、M小学校はあります。
で、通されたのは校長室。校長室なんて自分が小学校時代に入ったことあったっけなあ、などと思うと、妙に緊張してしまったりもして……。
O校長は、なんていうか、カバみたいなタイプというか……。(^o^)
堅苦しいタイプでは全然なく、常にニコニコしてるというか、気さくな感じの人だったので、ホッとしました。

障害児の放課後活動の施設を作りたいので障害児学級の保護者たちを紹介して欲しい、という要件は先に電話で話してあったので、特にあらためて説明することもありませんでした。
「どうぞどうぞ。障害児学級のW先生もご存じのようですし、もうすぐ保護者会があるので、その時がいいかな。どんどん営業してみてください」みたいな感じに言って貰えたように覚えています。

そのあとは、まだ幼稚園年長の長男の話になり、「養護学校はバスで片道1時間もかかるので、来年こちらの障害児学級にお世話になりたいのですが……」と言ったところ、「どうぞどうぞ!!」と言って貰えたので、すごく嬉しくなったことも覚えています。

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2004.12.08

紹介してください

「ウチの息子、幼稚園の年長なんですけど、来年、ウチの子も入れて貰えるかなと思ってるんですけど……」
そう言って、私は障害児学級の担任であろう先生に声をかけていきました。
30歳過ぎのオッサンが一人、昼間の児童公園にいるわけです。怪しい奴と思われないためには、息子の話から入るしか方法がありません。(^^;

で、ひとしきり自閉の長男の話などをし、それからいよいよ本題。
「障害児のための放課後活動の施設を始めようと思っているんですけど……」
先生はとっても関心を持ってくれました。
「そうよねえ、学校が終わるとそのあと何にもないものねえ。放課後に遊べる場所があると、とってもいいと思う」

で、私は福祉課とのやりとりのことを話し、お願いしてみました。
「先生の学級の保護者を紹介して貰えませんでしょうか……」
で、返ってきた答えは、「まずは校長を通して欲しい」とのこと。
考えてみれば、これはもう当然です。現場の先生が独断で勝手なことも出来ないでしょうし。

で、小学校に直接電話をかけ、4月9日に校長と会う約束を取りつけたというのが、流れみたいです。あんまりよく覚えていないけど。(^^;

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2004.12.07

会員募集

気を取り直し、そろそろ再開することにしますです。m(__)m

放課後活動の施設として東京都に提出する書類には、6人の障害児の名前が必要だというのにもかかわらず、決定している会員はウチの長男1人だけ……。
とにかく営業(?)して、会員を募らなければなりません。いや、会員になってくれなくてもいい。障害児の名前だけ貸してくれるだけでも……。(^^;

で、まずは一番最初にしたことと言えば、会員募集用のチラシ作りでした。
当時はまだウチにはパソコンなどありませんでした。ゆえに、使ったのはワープロ。B5の大きさの紙に10.5ポイントの明朝体文字で「一緒に障害児の放課後活動の施設をつくりませんか?」と呼びかけるチラシを作りました。
で、そのチラシを持って、近所の児童公園に行きました。

なんで近所の公園なのか???
その公園には、毎週同じ曜日の同じ時間帯に、近所の障害児学級の子ども達が先生達と一緒に遊びに来ていたからです。
まずはその障害児学級の先生にビラを渡し、相談してみよう、と……。

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2004.11.30

当時のメモを発見

1996年当時のメモを発見しました。
どこからって?
パソコンの中からです。
私の場合、メモフォルダっていうのを作ってあって、昔っからのメモ書きを片っ端から投げこんどいてあるので、ドラえもんのポケットの如くいろんなものが出てきて面白いかったりするのです。

Iさんに相談するべく障害福祉課を訪ねたのが4月4日となっています。
で、次にどうしたか?
5日後の、4月9日に地元の小学校の校長に相談に行っています。
えーとあの時は……小学校へ電話をかけたところ、教頭先生が出て、事情を説明したところ日時を指定してくれたんだっけ? 違ったかな?? 詳しいところは覚えていません。(^^;

なにはともあれ、4月9日。時間は、えーと???……。
あ、過去ダイアリーってのもあったんだ……というわけで探しあてて開いてみると……書いてあった。「4/9 午後2時 M小校長面会」ってちゃんと書いてあるじゃん。。。

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2004.11.22

さて、どうしよう・・・

というわけで、元公民館職員で障害福祉課の職員であるIさんとのその時のやりとりを延々と書いてみたわけですが……かなり創作です。(^^;
でも、だいたいこんな感じの話をしたような気がします。

なにはともあれ、東京都提出用の申請書類を貰ってきてしまいました。
顔見知りゆえということで、最初の相談に行っただけのつもりだったので、この成り行きは正直言って目がテン状態……。
ウチの嫁サンがやりたいと言い出して、私が相談に行った、まずはただそれだけだったわけです。なのに、こんな書類、どうやって埋めればいいの???

でも、まあ、出せば通る。通れば補助金が貰える。となれば、こりゃ一丁やってみる価値はあるかな、という気になってきました。
でも、書類提出の期限まで1ヶ月ちょっとしかありません。
それまでに、書類を埋めるための6人の障害児……ウチの子がいるので、残り5人の障害児を集めることなんて出来るんだろうか???
いや、集められなくてもいい。とにかく名前だけでも貸して貰えれば……。(^^;

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2004.11.21

つづきのつづきのつづきのつづきのつづき

「デイ?」
「通所授産と通所訓練とデイサービス事業ってのがあるの。都単なんだけどね」
「都単?」
「東京都単独事業」
「へえ」
「で、デイは、んーと、6人以上集めてきて。そうすればⅠランクでいけるから」
「Ⅰランク?」
「三段階ランクがあって、一番上。それでも額としては7~800万だけど」
「6人要るんですか?」
「そう、6人分の名簿。今会員は?」
「ウチの息子だけ」
「1人?」
「あはははは」
「あはははは」
「だいじょうぶ。あと5人集めればいいだけ。とりあえず名簿だから」
「簡単に言いますねえ」
「書類出せば、通るんだから。落ちたこと今までないし」
「6人かあ……」
「じゃあ、頑張ってね」

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2004.11.20

つづきのつづきのつづきのつづき

「はいこれ」
「なんですか、これ?」
「書類」
「書類ってのは見ればわかるけど……」
「都に出すやつ」
「都? 東京都?」
「そう。6月締切りということで」
「はあ?」
「新規の施設の申込みって、前の年の6月なの」
「へえ」
「たいてい通るから」
「ってことは?」
「来年の4月から補助金貰って活動できる」
「ほんとですか!?」
「市内にある無認可の作業所のほとんどが、そんな感じで始まってるの。作業所始めたいってんで、書類を都に提出して、あとはそのあと半年ぐらいは実績積めるから」
「なるほどぉ~」
「成人の施設も子どもの施設も、都の場合は一緒だから。授産か訓練かデイの違いはあるけどね。子どもはデイしかないけど……」

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2004.11.19

つづきのつづきのつづき

「エラかないです。親だからなんかしなきゃと……」
「それがエラいの。いないんだよ、そういうの。誰かがやってくれるって思ってね、甘えてばっかなの。障害児の親」
「俺だって、息子が自閉じゃなかったら、青年学級にも行ってないですよ」
「青年学級にだって親いないじゃん。エラいって」
「あはは、褒められても……」
「子どもの施設も必要だって話し合ってたところなんだ」
「どこでですか?」
「福祉課」
「へえ……」
「タイミングいいかも」
「ですか?」
「南の地域でしょ。子どもの施設でしょ。両方とも次はって言ってた部分だから」
「ふーん」
「あ、ちょっと待ってて」
「はぁ?……」

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2004.11.18

つづきのつづき

「じゃあ、地元の小学校行けるんですね?」
「校長次第だけど、ダメっていう校長はいないな。教育委員会のワーカーもなんか言うと思うけど、決定権ないから。俺と同じで」
「あはははは」
「んーと、障害児の学童保育っていうわけか」
「平たく言うとそんな感じです」
「んーと……」
「はい」
「南だしなあ」
「はい」
「いいじゃん。そういう声、出てたのよ」
「はい?」
「南にひとつもないから、なんとかしなきゃって声。土地高いから難しいんだけど」
「土地は、ウチを使いますから」
「ウチ?」
「二世帯建てて、母屋開けてあけたんです」
「施設用に?」
「はい」
「エラいっ!!」

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2004.11.17

つづき

「いくつだったっけ、子ども?」
「5歳。幼稚園の年長」
「なるほどねえ」
「その、なるほどでして……」
「あ、あれ、場所どこだっけ?」
「南」
「おぉ!!」
「南って、施設ないですよねえ」
「うん、ひとつもない。ひとつ動いてるけど。まだ決まってない」
「どんなやつですか?」
「重度の身障。キープした場所があったんだけど、その土地の持ち主が死んじゃった」
「あらら」
「まあ、その話はおいといて」
「来年、地元の小学校の特殊学級になんとか入れて貰おうと思ってるんですよ」
「養護って選択は?」
「遠いから……」
「だよなあ、遠いよなあ。山奥だし」
「実際、養護の方がいいかもとは思ってるんですけど」
「だいじょうぶ、ウチの市は親の意見が通るから」

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2004.11.16

あのー・・・

「あのー、ちょっと相談があるんですけどぉー」
「なに? なんかおもしろいこと?」
「いや、おもしろいというかなんというか……」
「施設つくりたいとか?」
「あはははは」
「違ったか」
「正解」
「あはははは」
「あはははは」
「で?」
「障害児の施設をね、始めてみたいんです」
「というと?」
「療育とかじゃなくて、学童保育みたいなやつ」
「学童だと教育委員会になっちゃう」
「だから、学童だけど、障害児専用のやつ。障害児って、ほら、小学校入る前には行くとこあるけど、小学校入った途端に行くとこなくなりますよね?」
「まあなあ」
「だから、その行く場所。遊びに行けるような場所。親も一緒にいて、親も一緒に集まっちゃって、ホッと出来るような場所っていうか……」

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2004.11.15

幼稚園の年長になって・・・

4月。長男は幼稚園も3年目。あと1年でいよいよ小学校……。
言葉は5歳にしてやっと発語がはじまった程度。トイレもまったく赤ん坊のまま。
既に、長男を普通に小学校に通わせられるとは思っていませんでした。
それどころか、徒歩5分のところにある地元の小学校の障害児学級に入れて貰えるかどうかだって怪しい雰囲気。養護学校だとすると、はるか遠く、バスで1時間以上の通学になってしまう……。

そんな息子でも通える学童保育に関しては、常に頭の片隅にありました。
ただ、どうやって動いていいか全然わからないわけで……。
福祉課に行けばいいの? それとも学童関係ってのは教育委員会に行けばいいの???

そのへんのことから聞ける相手が……いました。
元公民館で障害者青年学級を担当していた職員で、異動後は障害福祉課の職員をやっている人。青年学級のスタッフ学習会で福祉の話をいろいろしてくれたりもしてくれているので、ぶっちゃけた相談もしやすそうだし……。

で、フラリと市役所内の障害福祉課というところに、はじめて足を運んでみたのです。
ゴールデンウィーク直後あたりことでした。

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2004.11.14

動かんとならんようで・・・

二世帯を新築した後、賃貸に回していた実家のボロ家ですが……。
借りてくれた人もまた、家を新築するまでの期間の借り住まいだったので、わずか数ヶ月間で空くことになりました。
でもって、借り主が、新築の家では新品の冷蔵庫、新品の洗濯機、新品の食器棚、新品のタンスにしたいとのことで、古い道具をすべて置いていってくれました。
障害児の放課後活動に使うために、と……。

え? そんなこと誰が言ったの???
ウチの母親が言ったようです……。(^o^)

施設として使わないのなら、また誰か他人に貸す。そしたら、ずっと住むかも知れないので、使いたいときに使うなんていう都合のいいことは出来ない。。。

そう言われると、やっぱり始めなきゃならんのかなあ、と。。。
まあ、それを理由にして家を新築したわけだし。。。

いやいや、まもなく90歳になるバアちゃんに、新しい家に住まわせてやりたいという孫心だったんだけどなあ……。(^^;

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2004.11.13

先立つ不安

右手の麻痺に関しては、整形外科にはすっかり見放されてしまい……。
私は大学時代の後輩であり、とあるプロダクションのプロデューサーをやっていた女の子に紹介されたカイロプラティックに通うようになりました。
ちょっと恐かったのですが、相撲取りも通ってる信用できるところだというので……。
そしたら、通っているうちに、幸いにも次第によくなってきまして……。
(といっても、それから10年近く経つ今でも、右手の親指の痺れだけは完璧には取れていません。疲れがたまると親指がビリビリ騒ぎ始めます)

これなら物書きを続けられるかなと思う反面、やっぱりいつまでも続けてられそうもないなあとつくづく思うようになりました。
体力的にも才能的にもあんまり自信がなかったもので……。(^^;
で、宅建の資格ぐらいならちゃっかり持っているので、転職するなら不動産屋で数年働いて仕事を覚えて、それから独立するかなあなんていうことも考えました。
でも、やっぱ嫌なんですねえ。だって不動産屋だと土日が休みじゃない。
平日休みなんかじゃ、子どもと遊ぶことも出来なっちゃうし……。

とまあ、先立つ不安を前にいろいろ考えつつも、障害児の学童を始めようという気にはなかなかなれずにいました。

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2004.11.12

転職かなあ・・・

まったくなんともない左手だけで仕事が出来ればいいのですが、キーボードを打つためにはまったく感覚がない右手も使わにゃなりません。
感覚がないだけで、動くことはちゃんと動くので、なんとか脚本を書く、いや、打つことは出来ていました。
しかし、とにかく気持ち悪いのなんのって……。
長男が自閉とわかった頃も仕事に全然集中出来なかったけど、この時もまた仕事なんかにゃ全然集中出来ず……。

時代はバブルが過ぎて下り坂。仕事があり余っていたじだいが過ぎ、発注仕事もだんだんと減り始めていた頃でした。
ましてや私の場合、売れっ子ライターというわけではありません。安全確実60点、中継ぎから抑え、うっかりしてると敗戦処理が役回りの二線級ライターでした。
発注仕事ばかりで自分の書きたい企画は何ひとつ通りもせず、悶々ともしていました。

一番多い仕事はアニメ。アニメのライターは40歳が定年とも言うしなあ。。。
ちょっと早いけど、転職を考えてみる時期なのかなあ。。。
でも、転職するとしたら、俺なんかに何が出来るんだろう?

ん? 福祉関係なら、ここんとこある程度かじってきてもいるし、なんとかなったりもするのかな???

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2004.11.10

みっ、右手が!?・・・

新築した家に引っ越し、しばらく経った頃のことです。
唐突に首に激痛が走り、右手の肩から先が完全感覚麻痺の状態に陥りました。
動くことは動くのです。でも全然触覚がなくなってしまい、気持ち悪いのなんのって。
ものを掴んでいても、掴んでいる感覚が全然ないのです。
キーボード打っていても、指先に打っている感覚も全然ないのです。

整形外科に行っても、曖昧な診断しかして貰えませんでした。右手につながる神経が背骨の途中で圧迫受けてるんだろう、程度のことしか言ってくれない。
「治るんですか?」と聞くと、「うーん、この背骨では治らないかもねえ」とのこと。
レントゲンに映った私の背骨の状態は縦と横にねじれるように曲がっており、60代の背骨だと言うのです。
「10年以上、ワープロに向かいっぱなしで脚本書いてた? それだな、その疲労が一気に吹き出したんだろう。手術しても治る確率は五分五分だろうなあ……」

「とりあえず物書きをやめなさい。そうしたら回復するかも……」
脚本書くしか取り柄のないと思っている奴が、医者から脚本書くのやめろと宣告されてしまったわけで……。(; ;)

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2004.11.08

それでも動かないわけで・・・

両親に話してみると、二世帯を建てるってことで即決。建築費は親と折半……。
間取りは私が自分で好き放題描き、設計士は親戚。建築も親戚……。
で、長男が幼稚園の年中の秋に家が完成しました。

となると、実家のボロ家が空いたわけで……。
でも、やっぱり動く気にはなれませんでした。だって、小学校入学までまだ一年半もあったわけです。どうにもピンとこず……。

「施設に使うと言うから家を建てたのに……」
ウチの母親はそう言うけど、私はノラリクラリ……。
そしたら、ウチの母親、ケチです。空いていたらもったいないってんで、実家のボロ家を賃貸に回してしまい……。
そうなると、施設に使えなくなってしまったわけで……。

まあ、慌てる必要もないか、とも思ってましたが……。

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2004.11.07

動いてはないけど・・・

動いてはないけど、もし動いたとしたら…というのは考えていたようです。
もし障害児のための学童保育をつくるとしたら……。
どこで活動すればいいのだろう???

難しく考える必要もない。幸か不幸かウチは貧乏農家だ。裏の畑にプレハブでも建てれば学童保育ぐらいできそうだ……。
いや待てよ。裏の畑に二世帯の家を建てて、築50年を超えてる実家のボロボロの建物を使うっていう手もあるな……。

当時、ウチら虹父家一家四人はアパート住まいでした。二階にいたけど、自閉症の長男が暴れてうるさいので、一階に移ってました。
でもって私は、売れっ子というほどではなかったけど、それなりに締切りに追われまくっている多忙な脚本家でした。
でもって貧乏根性が染みついている私は、全然金を使わないタイプの奴。ゆえに忙しい分だけ貯金は増えていくわけで……。

よし決めた。とりあえず家を建てちまってみよう……。

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2004.11.06

きっかけは・・・

「障害児は未就学のうちはまだいい。療育施設があるから。でも小学校にあがると通えるところがなくなってしまう」と嫁サンにそう言われ……。
「障害児なんて預かれってこない」と見学に行った学童保育の運営委員会で言われ、カチンときて「自分ではじめてやる!!」って思ったものの……。
そんなのは一瞬思っただけでして……。
すぐに動き出したわけでは決してありません。(^^;

ただ、障害者青年学級に通っているうちに、あちこちの作業所にかなりの頻度で顔を出すようになっていて……。
これなら自分にも出来るかな。結構楽しいかも知れないな、と思っていて……。
学級生の中に一般就労が難しくなってきて、福祉就労したいと考えてはいるものの、行く先がないというメンバーがちらほらといたので、よっしゃはじめてみようかな、なんて軽く思っていたのは事実でして……。

そんな折り、嫁サンに就学後の話を聞き……。
なら、障害者相手じゃなくて障害児相手ってのもアリかな、と……。

あくまで思っただけで、やっぱり具体的に動いてわけではありませんでした。(^^;

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2004.11.05

ぼちぼち書き込み再開をば・・・

今年で障害児の放課後活動の場 フリースペースつくしんぼ をはじめて9年目。
スタートしたのが、長男が幼稚園の年長の年の春のこと……。

そして今は、その長男はもう中学二年。身長170センチ、体重60キロ強、足のでかさは27センチ。体重以外は私とほぼ一緒。
(体重だけは…私の方がはるかに重い。(^^;))

なんていうか、アッという間の10年っていう感じがしてなりません。
長男になにかしらのハンディがあると思ったのが、2~3歳の頃なので、それから数えると12年。ぐるり一周です。
歳とるはずだ……。> 自分 (; ;)

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2004.10.22

何をエラそうに

ウチの市の環境がよかったのか、それとも私が鈍感なだけなのか……。
私の場合、それまで自分が障害児の親だからといって、他人から特別な待遇を受けたことはあっても他人から特別に差別されたことって全然ありませんでした。
それがいきなり「あ~ら、障害児なんて預かれっこないじゃないの~」ってな言葉を当たり前の顔で投げつけられたわけでして。

こういうこと言われると、落ち込む親って結構いるらしいのですけれど……。
私はそういうこと、全然ありませんでした。
ただひたすら、カチン!! ときただけで……。(^^;
こんなアホなババアから生まれたガキと一緒の学童保育なんて誰が通わせるかいな。

で、思ってしまったわけです。
えーい、面倒だ、こんな不細工ババアとつきあっていかにゃならんぐらいなら、自分で新しい学童保育作ったるわい!!

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2004.10.21

学童保育はあるけど・・・

ウチの市は、障害があると、母親が働いていなくても保育園が預かってくれます。
なので、学童保育も母親が働いていなくても、障害があれば預かってくれるのでは? なんて、実は私は思っていました。

で、ウチの近所に一軒家の借家を借りて学童保育がありまして……。
そこに連絡をとってみると、指導員さんが「もうすぐある運営委員会に顔を出してみてください」と言ってくれまして……。
そこは、公設ではなく、市から委託され、保護者たちに運営を任させれている学童保育でした。だから運営委員も親ばかりでした。

学童保育って、生活が苦しくて共稼ぎしてたり片親だったりする家の子の通う場所だとばかりだと私は思っていたのですが……とんでもない間違いでした。
超リッチで金があり余ってるような共稼ぎ夫婦の方が圧倒的に多い……。
なんだかなあ、と思いつつ、会の最後に挨拶させて頂きました。

「今夜は見学させて貰いにきました。ウチの子、来年、小学校なので。ただ、ちょっと障害をもっていて……

そう言った途端。一人の母親が大きな声で言いました。

「あ~ら、障害児なんて預かれっこないじゃないの~」

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2004.10.19

本当に何もないの?

「あなたは主客転倒している。よその家の障害者の相手ばかりしていて、自分の家の障害児の相手を全然していない」
青年学級を楽しんでばかりいて、そうウチの嫁サンに言われていた私です。
そんなことない、と思っていたのですが……幼稚園が終わると、長男が学校以外に通える場所がないなんてこと、考えてもみていませんでした。
何かあるだろう、と勝手に思ってました。

で、とりあえず調べてみました。
私が、です。
長男のために頑張っていろんなことやってきたのは嫁サンでしたが、市内の福祉関係のことを調べる場合、青年学級絡みもあって私の方がたくさん情報が集めやすい環境にいたわけです。

で、わかったことは、いくつか療育的な小さな施設はあるものの、障害児が小学校の放課後に遊べるような場所はまったくないということでした。

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2004.10.18

転機

2歳の半ばに長男の自閉を疑いはじめ、療育等へ通うようになり……。
それでも3歳から障害児枠で幼稚園に入れて貰い……。
それとともに、私も障害者青年学級のスタッフとして参加するようになり……。

1996年。長男が5歳、青年学級のスタッフ3年目のときに、その転機は訪れました。

「今は、幼稚園のうちは療育施設があるからいい。でも、小学校にあがると、障害児の行く場所はどこにもなくなってしまう……」

そうウチの嫁さんが言い出したのです。

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