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2004.11.30

当時のメモを発見

1996年当時のメモを発見しました。
どこからって?
パソコンの中からです。
私の場合、メモフォルダっていうのを作ってあって、昔っからのメモ書きを片っ端から投げこんどいてあるので、ドラえもんのポケットの如くいろんなものが出てきて面白いかったりするのです。

Iさんに相談するべく障害福祉課を訪ねたのが4月4日となっています。
で、次にどうしたか?
5日後の、4月9日に地元の小学校の校長に相談に行っています。
えーとあの時は……小学校へ電話をかけたところ、教頭先生が出て、事情を説明したところ日時を指定してくれたんだっけ? 違ったかな?? 詳しいところは覚えていません。(^^;

なにはともあれ、4月9日。時間は、えーと???……。
あ、過去ダイアリーってのもあったんだ……というわけで探しあてて開いてみると……書いてあった。「4/9 午後2時 M小校長面会」ってちゃんと書いてあるじゃん。。。

2004.11.28

あ~あ、ついに・・・

ここでも何度も書いたことではありますが、私の場合、パソコンのつきあい=パソコン通信とのつきあいだったわけで……。
そのニフティのパソコン通信がいよいよ来年3月でおしまいになってしまうみたいです。社長サンがココログで言ってるので、こりゃもう決定事項なのでしょう。

ネットワークの環境はどんどん進歩していってしまうのだけれど、福祉をとりまく環境はどんどん退化していってる今日この頃。
そんなに金がないってばかり言うのなら、まずは市役所というなの健常者の授産施設を民営化すりゃいいんだ。コストパフォーマンスが悪過ぎるんだから。役に立たない職員はパートで充分だ!!

2004.11.26

閑話愚痴題

親身になって施設の立ち上げに協力してくれた職員が障害福祉課にちゃんといた時代は今も昔……。

今日、施設の前年度会計監査がありまして。(今頃、名のよね。(^o^))
私はこれでも金勘定はきっちりやってるつもりというか、もともと少ない補助金でつつましくやってるので誤魔化しようも間違えようもないというか、監査で突っつかれるような大きな問題はまったくなく、それはそれでいいんですけどぉ~。

障害福祉課の職員にちょっとした質問しても「そんなのわかんね~よ~」「金ないんだから出来っこね~よ~」「質問なら市長とか助役にしてよ~」って状態。
おまけに「障害児は子どもなんだから教育委員会の学童の方でやればいいんだよ~」とか「福祉がこの先どうなるかなんて知らないけどさ~」とか、聞いてて呆れるばかりで腹も立たず……。

親身になって施設の立ち上げに協力してくれた職員が障害福祉課にちゃんといた時代は今も昔。ふ~っ……。(; ;)

2004.11.25

男三人、自宅待機

嫁サン側の親戚で葬式があり、嫁サンが泊まりで行ってしまっております。
ゆえに、ウチには私と次男と、そして自閉の長男。
「おかあさん帰ってくるよーっ」とうるさいです。>長男
ちなみに、今夜の夕飯はレトルトカレー。(^^;

明日は、長男の中学の弁当の準備までせにゃならん。
でも作れん。>自分
朝一番にミニストップへ行って弁当買ってきて誤魔化そう。(^^;

何が苦手って、料理ぐらい全然出来ないもんはないわけで……。> 自分 (^^;

2004.11.22

さて、どうしよう・・・

というわけで、元公民館職員で障害福祉課の職員であるIさんとのその時のやりとりを延々と書いてみたわけですが……かなり創作です。(^^;
でも、だいたいこんな感じの話をしたような気がします。

なにはともあれ、東京都提出用の申請書類を貰ってきてしまいました。
顔見知りゆえということで、最初の相談に行っただけのつもりだったので、この成り行きは正直言って目がテン状態……。
ウチの嫁サンがやりたいと言い出して、私が相談に行った、まずはただそれだけだったわけです。なのに、こんな書類、どうやって埋めればいいの???

でも、まあ、出せば通る。通れば補助金が貰える。となれば、こりゃ一丁やってみる価値はあるかな、という気になってきました。
でも、書類提出の期限まで1ヶ月ちょっとしかありません。
それまでに、書類を埋めるための6人の障害児……ウチの子がいるので、残り5人の障害児を集めることなんて出来るんだろうか???
いや、集められなくてもいい。とにかく名前だけでも貸して貰えれば……。(^^;

2004.11.21

つづきのつづきのつづきのつづきのつづき

「デイ?」
「通所授産と通所訓練とデイサービス事業ってのがあるの。都単なんだけどね」
「都単?」
「東京都単独事業」
「へえ」
「で、デイは、んーと、6人以上集めてきて。そうすればⅠランクでいけるから」
「Ⅰランク?」
「三段階ランクがあって、一番上。それでも額としては7~800万だけど」
「6人要るんですか?」
「そう、6人分の名簿。今会員は?」
「ウチの息子だけ」
「1人?」
「あはははは」
「あはははは」
「だいじょうぶ。あと5人集めればいいだけ。とりあえず名簿だから」
「簡単に言いますねえ」
「書類出せば、通るんだから。落ちたこと今までないし」
「6人かあ……」
「じゃあ、頑張ってね」

2004.11.20

つづきのつづきのつづきのつづき

「はいこれ」
「なんですか、これ?」
「書類」
「書類ってのは見ればわかるけど……」
「都に出すやつ」
「都? 東京都?」
「そう。6月締切りということで」
「はあ?」
「新規の施設の申込みって、前の年の6月なの」
「へえ」
「たいてい通るから」
「ってことは?」
「来年の4月から補助金貰って活動できる」
「ほんとですか!?」
「市内にある無認可の作業所のほとんどが、そんな感じで始まってるの。作業所始めたいってんで、書類を都に提出して、あとはそのあと半年ぐらいは実績積めるから」
「なるほどぉ~」
「成人の施設も子どもの施設も、都の場合は一緒だから。授産か訓練かデイの違いはあるけどね。子どもはデイしかないけど……」

2004.11.19

つづきのつづきのつづき

「エラかないです。親だからなんかしなきゃと……」
「それがエラいの。いないんだよ、そういうの。誰かがやってくれるって思ってね、甘えてばっかなの。障害児の親」
「俺だって、息子が自閉じゃなかったら、青年学級にも行ってないですよ」
「青年学級にだって親いないじゃん。エラいって」
「あはは、褒められても……」
「子どもの施設も必要だって話し合ってたところなんだ」
「どこでですか?」
「福祉課」
「へえ……」
「タイミングいいかも」
「ですか?」
「南の地域でしょ。子どもの施設でしょ。両方とも次はって言ってた部分だから」
「ふーん」
「あ、ちょっと待ってて」
「はぁ?……」

2004.11.18

つづきのつづき

「じゃあ、地元の小学校行けるんですね?」
「校長次第だけど、ダメっていう校長はいないな。教育委員会のワーカーもなんか言うと思うけど、決定権ないから。俺と同じで」
「あはははは」
「んーと、障害児の学童保育っていうわけか」
「平たく言うとそんな感じです」
「んーと……」
「はい」
「南だしなあ」
「はい」
「いいじゃん。そういう声、出てたのよ」
「はい?」
「南にひとつもないから、なんとかしなきゃって声。土地高いから難しいんだけど」
「土地は、ウチを使いますから」
「ウチ?」
「二世帯建てて、母屋開けてあけたんです」
「施設用に?」
「はい」
「エラいっ!!」

2004.11.17

つづき

「いくつだったっけ、子ども?」
「5歳。幼稚園の年長」
「なるほどねえ」
「その、なるほどでして……」
「あ、あれ、場所どこだっけ?」
「南」
「おぉ!!」
「南って、施設ないですよねえ」
「うん、ひとつもない。ひとつ動いてるけど。まだ決まってない」
「どんなやつですか?」
「重度の身障。キープした場所があったんだけど、その土地の持ち主が死んじゃった」
「あらら」
「まあ、その話はおいといて」
「来年、地元の小学校の特殊学級になんとか入れて貰おうと思ってるんですよ」
「養護って選択は?」
「遠いから……」
「だよなあ、遠いよなあ。山奥だし」
「実際、養護の方がいいかもとは思ってるんですけど」
「だいじょうぶ、ウチの市は親の意見が通るから」

2004.11.16

あのー・・・

「あのー、ちょっと相談があるんですけどぉー」
「なに? なんかおもしろいこと?」
「いや、おもしろいというかなんというか……」
「施設つくりたいとか?」
「あはははは」
「違ったか」
「正解」
「あはははは」
「あはははは」
「で?」
「障害児の施設をね、始めてみたいんです」
「というと?」
「療育とかじゃなくて、学童保育みたいなやつ」
「学童だと教育委員会になっちゃう」
「だから、学童だけど、障害児専用のやつ。障害児って、ほら、小学校入る前には行くとこあるけど、小学校入った途端に行くとこなくなりますよね?」
「まあなあ」
「だから、その行く場所。遊びに行けるような場所。親も一緒にいて、親も一緒に集まっちゃって、ホッと出来るような場所っていうか……」

2004.11.15

幼稚園の年長になって・・・

4月。長男は幼稚園も3年目。あと1年でいよいよ小学校……。
言葉は5歳にしてやっと発語がはじまった程度。トイレもまったく赤ん坊のまま。
既に、長男を普通に小学校に通わせられるとは思っていませんでした。
それどころか、徒歩5分のところにある地元の小学校の障害児学級に入れて貰えるかどうかだって怪しい雰囲気。養護学校だとすると、はるか遠く、バスで1時間以上の通学になってしまう……。

そんな息子でも通える学童保育に関しては、常に頭の片隅にありました。
ただ、どうやって動いていいか全然わからないわけで……。
福祉課に行けばいいの? それとも学童関係ってのは教育委員会に行けばいいの???

そのへんのことから聞ける相手が……いました。
元公民館で障害者青年学級を担当していた職員で、異動後は障害福祉課の職員をやっている人。青年学級のスタッフ学習会で福祉の話をいろいろしてくれたりもしてくれているので、ぶっちゃけた相談もしやすそうだし……。

で、フラリと市役所内の障害福祉課というところに、はじめて足を運んでみたのです。
ゴールデンウィーク直後あたりことでした。

2004.11.14

動かんとならんようで・・・

二世帯を新築した後、賃貸に回していた実家のボロ家ですが……。
借りてくれた人もまた、家を新築するまでの期間の借り住まいだったので、わずか数ヶ月間で空くことになりました。
でもって、借り主が、新築の家では新品の冷蔵庫、新品の洗濯機、新品の食器棚、新品のタンスにしたいとのことで、古い道具をすべて置いていってくれました。
障害児の放課後活動に使うために、と……。

え? そんなこと誰が言ったの???
ウチの母親が言ったようです……。(^o^)

施設として使わないのなら、また誰か他人に貸す。そしたら、ずっと住むかも知れないので、使いたいときに使うなんていう都合のいいことは出来ない。。。

そう言われると、やっぱり始めなきゃならんのかなあ、と。。。
まあ、それを理由にして家を新築したわけだし。。。

いやいや、まもなく90歳になるバアちゃんに、新しい家に住まわせてやりたいという孫心だったんだけどなあ……。(^^;

2004.11.13

先立つ不安

右手の麻痺に関しては、整形外科にはすっかり見放されてしまい……。
私は大学時代の後輩であり、とあるプロダクションのプロデューサーをやっていた女の子に紹介されたカイロプラティックに通うようになりました。
ちょっと恐かったのですが、相撲取りも通ってる信用できるところだというので……。
そしたら、通っているうちに、幸いにも次第によくなってきまして……。
(といっても、それから10年近く経つ今でも、右手の親指の痺れだけは完璧には取れていません。疲れがたまると親指がビリビリ騒ぎ始めます)

これなら物書きを続けられるかなと思う反面、やっぱりいつまでも続けてられそうもないなあとつくづく思うようになりました。
体力的にも才能的にもあんまり自信がなかったもので……。(^^;
で、宅建の資格ぐらいならちゃっかり持っているので、転職するなら不動産屋で数年働いて仕事を覚えて、それから独立するかなあなんていうことも考えました。
でも、やっぱ嫌なんですねえ。だって不動産屋だと土日が休みじゃない。
平日休みなんかじゃ、子どもと遊ぶことも出来なっちゃうし……。

とまあ、先立つ不安を前にいろいろ考えつつも、障害児の学童を始めようという気にはなかなかなれずにいました。

2004.11.12

転職かなあ・・・

まったくなんともない左手だけで仕事が出来ればいいのですが、キーボードを打つためにはまったく感覚がない右手も使わにゃなりません。
感覚がないだけで、動くことはちゃんと動くので、なんとか脚本を書く、いや、打つことは出来ていました。
しかし、とにかく気持ち悪いのなんのって……。
長男が自閉とわかった頃も仕事に全然集中出来なかったけど、この時もまた仕事なんかにゃ全然集中出来ず……。

時代はバブルが過ぎて下り坂。仕事があり余っていたじだいが過ぎ、発注仕事もだんだんと減り始めていた頃でした。
ましてや私の場合、売れっ子ライターというわけではありません。安全確実60点、中継ぎから抑え、うっかりしてると敗戦処理が役回りの二線級ライターでした。
発注仕事ばかりで自分の書きたい企画は何ひとつ通りもせず、悶々ともしていました。

一番多い仕事はアニメ。アニメのライターは40歳が定年とも言うしなあ。。。
ちょっと早いけど、転職を考えてみる時期なのかなあ。。。
でも、転職するとしたら、俺なんかに何が出来るんだろう?

ん? 福祉関係なら、ここんとこある程度かじってきてもいるし、なんとかなったりもするのかな???

2004.11.11

愕然。(; ;)

これまで、いろんなものをトイレに流して詰めてしまっていた自閉の長男ですが……。

午前1時過ぎのたった今……。
ゲームボーイアドバンスをトイレの水に浸けてくれました。
一発で即アウトです。(; ;)

一台目はベロベロ舐めて、ガリガリ齧って、ブチ壊して……。
さっきまで使っていた二台目は、今年の誕生日に買ってやったやつ。
まだひと月ちょっとしか経ってないっちゅーの。

大好きでこんな時間まで起きてゲームやってるくせに……。
なんでそんなことするんだろう???????

もう買ってなんかやらん……。(ToT)

2004.11.10

みっ、右手が!?・・・

新築した家に引っ越し、しばらく経った頃のことです。
唐突に首に激痛が走り、右手の肩から先が完全感覚麻痺の状態に陥りました。
動くことは動くのです。でも全然触覚がなくなってしまい、気持ち悪いのなんのって。
ものを掴んでいても、掴んでいる感覚が全然ないのです。
キーボード打っていても、指先に打っている感覚も全然ないのです。

整形外科に行っても、曖昧な診断しかして貰えませんでした。右手につながる神経が背骨の途中で圧迫受けてるんだろう、程度のことしか言ってくれない。
「治るんですか?」と聞くと、「うーん、この背骨では治らないかもねえ」とのこと。
レントゲンに映った私の背骨の状態は縦と横にねじれるように曲がっており、60代の背骨だと言うのです。
「10年以上、ワープロに向かいっぱなしで脚本書いてた? それだな、その疲労が一気に吹き出したんだろう。手術しても治る確率は五分五分だろうなあ……」

「とりあえず物書きをやめなさい。そうしたら回復するかも……」
脚本書くしか取り柄のないと思っている奴が、医者から脚本書くのやめろと宣告されてしまったわけで……。(; ;)

2004.11.08

それでも動かないわけで・・・

両親に話してみると、二世帯を建てるってことで即決。建築費は親と折半……。
間取りは私が自分で好き放題描き、設計士は親戚。建築も親戚……。
で、長男が幼稚園の年中の秋に家が完成しました。

となると、実家のボロ家が空いたわけで……。
でも、やっぱり動く気にはなれませんでした。だって、小学校入学までまだ一年半もあったわけです。どうにもピンとこず……。

「施設に使うと言うから家を建てたのに……」
ウチの母親はそう言うけど、私はノラリクラリ……。
そしたら、ウチの母親、ケチです。空いていたらもったいないってんで、実家のボロ家を賃貸に回してしまい……。
そうなると、施設に使えなくなってしまったわけで……。

まあ、慌てる必要もないか、とも思ってましたが……。

2004.11.07

動いてはないけど・・・

動いてはないけど、もし動いたとしたら…というのは考えていたようです。
もし障害児のための学童保育をつくるとしたら……。
どこで活動すればいいのだろう???

難しく考える必要もない。幸か不幸かウチは貧乏農家だ。裏の畑にプレハブでも建てれば学童保育ぐらいできそうだ……。
いや待てよ。裏の畑に二世帯の家を建てて、築50年を超えてる実家のボロボロの建物を使うっていう手もあるな……。

当時、ウチら虹父家一家四人はアパート住まいでした。二階にいたけど、自閉症の長男が暴れてうるさいので、一階に移ってました。
でもって私は、売れっ子というほどではなかったけど、それなりに締切りに追われまくっている多忙な脚本家でした。
でもって貧乏根性が染みついている私は、全然金を使わないタイプの奴。ゆえに忙しい分だけ貯金は増えていくわけで……。

よし決めた。とりあえず家を建てちまってみよう……。

2004.11.06

きっかけは・・・

「障害児は未就学のうちはまだいい。療育施設があるから。でも小学校にあがると通えるところがなくなってしまう」と嫁サンにそう言われ……。
「障害児なんて預かれってこない」と見学に行った学童保育の運営委員会で言われ、カチンときて「自分ではじめてやる!!」って思ったものの……。
そんなのは一瞬思っただけでして……。
すぐに動き出したわけでは決してありません。(^^;

ただ、障害者青年学級に通っているうちに、あちこちの作業所にかなりの頻度で顔を出すようになっていて……。
これなら自分にも出来るかな。結構楽しいかも知れないな、と思っていて……。
学級生の中に一般就労が難しくなってきて、福祉就労したいと考えてはいるものの、行く先がないというメンバーがちらほらといたので、よっしゃはじめてみようかな、なんて軽く思っていたのは事実でして……。

そんな折り、嫁サンに就学後の話を聞き……。
なら、障害者相手じゃなくて障害児相手ってのもアリかな、と……。

あくまで思っただけで、やっぱり具体的に動いてわけではありませんでした。(^^;

2004.11.05

ぼちぼち書き込み再開をば・・・

今年で障害児の放課後活動の場 フリースペースつくしんぼ をはじめて9年目。
スタートしたのが、長男が幼稚園の年長の年の春のこと……。

そして今は、その長男はもう中学二年。身長170センチ、体重60キロ強、足のでかさは27センチ。体重以外は私とほぼ一緒。
(体重だけは…私の方がはるかに重い。(^^;))

なんていうか、アッという間の10年っていう感じがしてなりません。
長男になにかしらのハンディがあると思ったのが、2~3歳の頃なので、それから数えると12年。ぐるり一周です。
歳とるはずだ……。> 自分 (; ;)

2004.11.02

半年経ちました

このBLOGを立ち上げ、徒然なるままに書き始めてから、なんと半年が経ちました。
最近は結構休みの日も目立ちますが、それでも3分の2以上の日は何かしら書いているわけで、飽き性の私にしてみれば、これはかなり奇跡に近いです。(^o^)

ここまで、小説に関するエピソードからはじまり、自閉症児の父親としての自分を思い起こししながらあれやこれやと書いてきました。が、ネタ切れです。
というか、次なるネタはあるのですが、それを書いてしまうとそれこそネタ切れになってしまうので、あんまり書きたくないんだよなあ。。。

でも、まあ、残っているのネタは、障害児の放課後保障の施設を立ち上げた経緯ぐらいしか私にはやっぱりないわけで……。
これは、つくしんぼのHPの方にも少し書いてあるのですが、ここではウラ話を含めて、なんやかんやと綴ってってみようかなと思ってます。

と、今日は予告だけで、本編は次回から、と……。
なるべく引っ張らないと、ネタ切れ間近ゆえ……。(^^;

2004.11.01

グランドデザイン案???

ここのとこ、この言葉が私らの周囲を飛びかっています。
頭の悪い私には、どうにもよく理解できないのですが……。(? ?)
障害保健福祉施策の見直し案とのことで、早い話が、福祉の仕組みが国全体で丸ごと変わるってことらしいのです。
詳細の資料はワムネットにあるので、目を通しておいた方がいいのですが、たいした知識もない私らが見ても、なんていうか、頭に何にも残らないわけで……。(^^;

で、資料全体をわれらがまちされん(町田作業所連絡会)の会員の某作業所施設長(元きょうされんの事務局・現きょうされん東京都支部事務局長)がわかりやすくまとめてくれました。

要するに、施設体系が こんな感じ になるってことらしいのです。
福祉施設が大から小までガラガラポンッってことみたいなんですね。

私らは障害児の親なわけで……。
何が不安っていうと、将来的なものがまったく見えない点であって……。
あ、その前に、行ける作業所すらないのが現状なわけで……。(; ;)

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