鼠のごとく、蟻のごとく
赤い屋根だより(社会福祉法人ウィズ町田 赤い屋根)より
赤い屋根施設長 小野浩氏 の記事を転載
(小野氏はきょうされん東京都支部の事務局長でもあります)
採決の瞬間
7月13日の衆議院・厚生労働委員会、午後4時25分、賛成25、反対19で、障害者自立支援法案(以下、自立支援法案)が可決されました。
騒然とした採決の瞬間、傍聴席の隣に座っていた重いマヒのある当事者は、議場に届かない小さな声で、しぼり出すように叫びました。「ヤメテクレ…」と。
審議は、ギリギリまでもつれました。「自立支援医療」への統合にむけて、3つに分かれた現行公費負担制度のひとつ、精神障害者通院医療費公費負担制度の「課税世帯割合」の数字にまったく根拠がなく、法案の基礎となるデータではないことが明らかにされたからです。
「来週の19日には、新しい調査結果が発表されるのだから、採決はそれを待とう」
この野党議員の主張には、十分な説得力がありました。
しかし厚労大臣は、同じ答弁を繰り返し、最終的には「委員会のすすめ方を決する権限は、私にはありません」という答弁。
この大臣答弁で、もっとも困惑していたのは、厚労委員長(与党議員)でした。委員長は、精一杯、重要な質疑として野党議員の質問を尊重しようとしていましたが、大臣は、ただ事態収拾の責任を委員長に預けただけ。少なくない与党議員は、混迷や戸惑いをかくせない面持ちでした。
そのためか、このとき議場は、休会して審議のすすめ方の調整をおこなうのではないか、そう思われる雰囲気が漂いました。
しかし委員長は、時間切れを宣言し、採決へ。審議未了の採決は、事実上の「強行採決」といわざるを得ません。
戸惑い、ためらい
じつは審議に入る前、与党は「強行採決はしない」という申し合わせをしていました。「強行採決」には馴染まない法案であるという配慮からです。
そのために戸惑い、ためらったのでしょう。その日、賛成票を投じた与党の一人、菅原議員は自らのホームページにこう書き残しています。
「この問題だけは、議論していて本当に辛かった。はたして、この法で真の自立がはかられるのだろうか、正直疑問は残る」と。
菅原議員は、事前に地元の家族会や当事者団体との懇談を重ね、委員会の質問に臨みました。明確な回答を得られない質疑に終始したことが、こうした思いの背景にあると思います。
なぜ厚労省の答弁は、具体性に欠けていたのでしょうか。それもそのはず。自立支援法案は、その是非を問うために、もっとも重要な「福祉サービスの水準・内容・量」を提案していないからです。そしてただ、「負担」だけを定めた法案を採決しようとするからです。しかも、法案の根拠となる基礎データもミスだらけなのです。
29ヵ所もの「誤り」
法案の基礎資料の「データの誤り」は、13日の委員会がはじめてではなく、8日の委員会で大問題になりました。具体的には、前述した医療費の実績数や今後の予測数の数値で、年間件数と月利用件数を取り違えて記載し、また受診者数と受診回数を取り違えていたのです。その誤差は、90万件もの違いがあるものもありました。
8日の委員会では、厚労大臣も担当部長もまったく「答弁不能」となりました。
「法案の根拠が崩れたのだから、もう一度、社会保障審議会で誤りの原因と正しいデータの資料を承認すべき」という指摘を受けて、厚労省は、急きょ12日に、社会保障審議会・障害者部会を開催しました。
ところが、この社会保障審議会・障害者部会では、誤りの原因を正すどころか、誤ったデータは「法案の根拠を揺るがすものではない」「粛々と法案の審議はすすめるべき」などの発言が相次ぎました。しかも異例なことに、厚労大臣までが出席して、法案審議の続行の了承を懇願しました。
社会保障審議会は、内閣総理大臣の諮問機関です。その権威とは裏腹に、誤ったデータにもとづいた法案を了承してしまった審議会の責任は、まったく不問のまま、12日の審議会は終了しました。
議論は十分尽くされたのか
真摯に議論に臨んだ議員には申し訳ありませんが、正直に言って、十分かつ慎重な審議がされたとは思えません。
自立支援法案は、5月11日から審議がはじまりました。衆議院・厚労委員会の定数は、与党26名、野党19名の45名です。
しかし傍聴者の多くに尋ねると、いつも委員会は成立ギリギリ、つまり過半数スレスレの出席だったそうです。しかも、常に出たり入ったりと慌しく、7月1日の委員会は、とうとう不成立となり、4回も中断されました。その慌しさの原因は、まぎれもなく郵政民営化法案です。
衆議院・厚労委員会の採決の13日、開会時の出席は定数45名中の29名。ようやく全員そろったのは、採決30分前の3時50分でした。
前例のない政府修正
衆議院・厚労委員会では、政府の修正案と付帯決議が併せて採決されました。
これらは、まぎれもなく5月12日や7月5日の緊急集会などで、がんばった当事者・家族の運動の成果です。提案の際には「これらを踏まえて」という前置きがありました。
とくに、政府自らが法案審議中に修正案を提案するのは異例のこと。行政OBにいわせると「考えられない事態」だそうです。
修正案・付帯決議の主な内容は、①障害の範囲の検討、②3年以内に所得保障のあり方を検討、③扶養義務の範囲規定についての若干の改善、などです。
納得できない応益負担
期限付きで所得保障の検討が盛り込まれたからといって、了承できるものではありません。根本的な問題である定率(応益)負担の導入は、いまもなお法案の骨格です。
障害のある人たちが生きるために必要な施策や支援は、権利であって利益ではありません。しかも生活保護よりも低い障害基礎年金の水準にありながら、障害が重く多くの支援を必要とする人ほど、負担が増えることも、まったく納得がいきません。
去る22日に聞かれた都道府県障害保健福祉課長会議では、「利用者負担の見直し」が提案されました。そこでは、障害基礎年金2級の人がグループホームを利用する場合、利用者負担をゼロにすること、また通所施設を利用する場合の利用者負担を上限の半分とし、それを超える金額は、社会福祉法人減免とするなどです。
負担軽減は3年間のみ
しかし、いずれも「施行後3年」の制限付きです。なぜ「3年」なのでしょうか。
3年後とは、介護保険と障害者福祉との本格的な統合の時期なのです。つまり、それまでの「臨時的措置」に過ぎないのです。
この点は疑問です。厚労省は「支援費は持続性に欠ける」「制度設計が問題」と自ら反省を表明し、「制度の持続可能性」を掲げて、自立支援法案を提案しました。
ところが3年後の介護保険との本格統合のときには、また大幅な法改正があるのです。それでは支援費の「寿命3年」とまったく同じ。どこが「持続可能性」なのでしょうか。
長時間利用の抑制が目的
であるならば、介護保険との本格統合を待って、定率負担導入の徹底討論をすればいいはずです。なぜ、定率負担の導入を急ぐのか。その理由は二つあります。
一つは、介護保険との本格統合に確実なすじ道をつけること。もう一つは、居宅支援などの「長時間利用の抑制」のためです。
これらは、いずれも厚労省が財務省から突きつけられている予算確保の「交換条件」なのです。そのため厚労省は、常に「法案が通らなければ、予算がふっとぶ」と、説明してきました。
しかしこの「交換条件」が、予算積算の根拠となるわけではないはずです。必要な支援を確保するところから、予算は積み上げられるはずです。22日のフジテレビ・ニュースジャパンに登場した東洋大学の北野氏は、「補填できない額ではない。次国会まで審議を続けて、もう一度見直すべき」と述べていました。
2つの国会で審議を
93年の障害者基本法の制定は、2つの国会をまたがって審議し、2度目の国会でより改善され施行されました。自立支援法案の重要性からいっても、そのくらい慎重な審議をしてもいいはずです。
参議院では、最低でも25時間の審議時間を確保しなければなりません。しかし、郵政民営化法案が大詰めを迎えたいま、十分な時間を確保できるのでしょうか。
だからといって、不十分で拙速な審議は絶対に避けるべきです。
立ちはだかる壁は、ここにきてより高く険しくなってきたように感じています。しかし、「窮鼠猫を噛む」の思いで、最後まであきらめることは、決してしません。
同時に、その壁の脆さも際立ってきました。「巨象を倒す蟻」のごとく、より広範な多くの人たちと固く手をたずさえれば、みんなの幸せと権利はきっと守れる、そう確信しています。
わたしのブログにも掲載したいのですが、いいかなあ
小野さんとは面識がないのですが・・・
投稿: みぎ | 2005.08.02 23:43
>>みぎ さん
大丈夫だと思います。
ただ、町作連の掲示板に一言断り書きを入れておいてください。
私も事後承諾でした。(^^;
投稿: 虹父 | 2005.08.03 06:41