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本日朝刊の東京板のページの「記者Maiコラム」の欄に、ヒロキのこと、映画化のことをあらためて書いてくださいました。m(__)m
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tokyo/news/20060523ddlk13070252000c.html
葬儀関係のお礼の手紙の発送等の事務的な仕事も、今週中にはなんとか終わりそうです。
これでようやく一段落という感じです。
ただ、ここにきて、私自身、生きてるのが精一杯という状態が続いています。
ちょっと何かあると、手足が震え出し、歯を食いしばってあふれてくる涙とたたかっています。
施設の運営も、自分の中では辛いです。
長男のためにつくった施設を、長男がいなくなっても続けるという現実には、想像以上の忍耐が必要なんだってことがわかってきました。
長男がいたからこそ、長男のためにと思ってこれまで我慢してきたいろんなことを、これからもずっと我慢していくことを強要されているような気がして……。
実際は、誰も強要なんかしてきていないんですけどね……。
映画の企画も、いろんなことしなきゃならないんだけど、とにかく今は精神的に身動き出来ません。なによりも思考が停止してしまってます。心と体がバラバラになって悲鳴をあげています。
なにもかも放り出して、逃げ出したいです。
つくしんぼにいたら、ヒロキが帰ってきました。
玄関で靴脱いで、六畳間を横切ったところで、バカな私は「ヒロキが来た!!」と叫んでしまい、目が醒めてしまいました。もう少し見ていればよかったのに。。。
まだ小さい、小学校の頃のヒロキでした。
はっきりヒロキだと確認できる夢は、はじめてです。
今まで見た夢は、もしかしたらヒロキかも? みたいなのばっかりだったので。。。
消えていた感情が戻って来ていて、ここのところ悲しくて仕方ありません。
ヒロキが生まれてから、三回しか泣いたことなかったのに、今は毎日泣いてる。。。
大輝が事故にあったのが火曜なので、今週月曜が本当の四十九日でした。
中学校の障がい学級の担任の先生二人が来てくださいました。
あとは特に何もないし何もしない、ごく普通の一日でした。
つくつく通信の印刷を終えました。丸ごと大輝の追悼号にさせてもらいました。
順次関係者のみなさんにお配りさせて頂こうと思っています。
体調不良、なんとか回復したみたいです。
突然震えが走ったので、いつもの発作かなと思ったのですが、そのままどうにもならず、熱を計ったら40度近く。その後、首と耳下のリンパ腺が腫れだし、さらには頭全体の表皮全体が激しく痛みだし、ぶっ倒れてまる二日……。
医者に行って調べてみましたが、インフルエンザでもなく、結局のとこ原因不明。
こうなるともう疲労のせいにするしかないみたいです。
ちなみにいつもの発作とは……。
長男が死んで以来、悲しみに猛烈に襲われる感じで突然手足が震え出して、呼吸がしんどくなるのです。
そういうときは、我慢しないで泣いて、それから深呼吸を繰り返しながら脱力すると、なんとか復帰するのです。
だいぶよくなった時点で、懇意にしている心療内科のじいちゃん先生のところに遊びに行って、長男のことを報告してきました。
一応診察というかたちになるんですけど、私の場合は世間話をしてくるだけ……。(^^;
精神衛生関係の専門機関で調べたデータの話を聞かせて貰いました。
「子どもを事故や災害等で突然失った場合の、親が普通の生活に戻れるまでの期間」というデータがちゃんと出されているのだそうです。
で、個人差がかなりあるけど、平均で……2年なんだそうです。
2年も……。
ウチは、あと2日で四十九日……。
ふぅ。。。
体調を崩してしまい、寝込んでしまってます。
やっぱ精神的にぎりぎりなのかなあ。。。
本日の毎日新聞の夕刊の全国版(テレビ番組欄の裏側)の面に、ぼくうみ映画化に関する記事を掲載して頂きました。
読売か朝日の方がメジャーだという声もあるのですが……。
神戸金史さん(元毎日新聞記者・現RKB毎日放送)が自閉症を5日連続の表紙記事として採り上げて以来、自閉症は毎日がメジャーなのです。(^o^)
多少内容的に誤解されちゃったかなあ(?)って部分もあるような気もするのですが、今さら直して貰うわけにもいかないし……まあいいや。
ヤフーにもmixiにもニュースとして表示されてるので、記事として読んでくださる方が多いといいな、なんて思ってます。出来ることなら、スポンサーになってくれそうな企業の人達にぜひ読んで貰いたい……ってのは甘いか。(^^;
ちなみに新聞紙面には、この写真も掲載されています。
去年の10月の養護学校でのソフトボールのときに撮ったものです。
ヒロキがいないので行かないつもりでいたのですが…。
次男が行きたいというので、次男の友人も誘って三人+写真参加のヒロキ、で行ってきました。
ヒロキにしてみれば、4月以降、養護学校に通い始めることの次に予定していたイベントがこの横浜行きだったはずです。
かれこれ5年以上、毎年ゴールデンウィークに行くのが決まりごとになっていましたし、去年などは自分から「よこはま、さくらぎちょう、ゆうえんち、いく~」と言ってアピールしていたぐらいですから。
桜木町でJRを降り、ランドマークタワー内のマクドナルドで昼食をとり、ジェットコースターと観覧車とウォータージェットの3つには必ず乗り、シーバスで横浜か山下公園までのほほんニコニコと海上散歩…というのが定番でした。

で、写真と次男とのツーショットで、似顔絵を描いて貰いました。
前から一度描いて貰いたいとは思っていたのですが、ヒロキが20分以上も椅子にすわってジッとしてるなんて無理だろうと思い、ずっと諦めていた次第です。
今日は写真なので、ジッとしてくれてました。(^o^)
だけど、これがおそらく兄弟としての最後のツーショットになるのかな。。。
2004年の5月3日にこのブログ、スタートしました。
5月から7月にかけて、ぼくうみ執筆のエピソードを。。。
7月から10月にかけて、自閉症児の父親として自分のことを。。。
10月から2005年の3月にかけては主につくしんぼのことを。。。
……書いてきて、完璧にネタにつまりました。(^^;
で、それ以降は、ほとんどがヒロキに関することを、エッセイ風になんとなく書き綴ってきました。書きたいときには書いて、書きたくなかったらしばらくお休み、とマイペースにやってきました。
ヒロキの事故前までのカウンター総数が約5万。
ヒロキの事故後のカウンター総数が7万超。
正直言って、気持ちは複雑です。。。
ヒロキとの思い出はもう増えません。なので、これからはいったい何を書けばいいものか。。。
次男のことや犬のことをいちいちここに書く気にはなりませんし。。。
映画のことは進展があればもちろん書きますけど。。。
ふと思い出したヒロキの思い出とかを書いていくしかないのかな。
もともと、他人に読ませるためではなく、自分のために書いてきた場所だし。。。
読みたくない人が来なくなるのだけのことだし。。。
大切なブログなので、閉鎖は絶対にしません。
けど、書き込み、減るのかな、なんて思っています。
昨日は四十九日でした。ちょっと早いのですが、お寺の都合で、昨日以外の週末が無理だということで、三十五日のタイミングで行なってしまいました。
四十九日が済むまでは、あちらの世界とこちらの世界を行ったり来たりしていて、この日を境にあちらに旅立つというのが俗説ですが……無視です。
四十九日後も遺骨は墓には入れず、当分の間は自宅のヒロキの部屋に置いておくつもりなので、旅立たれては困るのです。
一度もちゃんと夢に登場してきてもくれていないし、もう少し近所のいろんなとこを散歩してて貰いたいわけで……。(^^;
いろいろな方に気を遣って貰っていたのですが、親戚とつくしんぼの現職員だけで行なわせて貰いました。
なんか疲れていて、大がかりにやりたくない気分だったからです。
ついこの間までお世話になっていた中学校の担任の先生三人にも、と思ったのですが、声をかけそこなってしまいました。
葬儀とは違ってささやかな会になりましたが……それでも30人近くはいたのですけど……ロッキー(犬)も参加させることが出来、和やかな会となりました。
「おしまいでーす。おわりでーす。またこんど」
ヒロキが何かをやめるとき、自分を納得させるように言う口癖のフレーズです。
昨日の夜の最後の片づけのとき、私が一人で呟いていた言葉です。
またこんど……。
秋には百か日の代わりに、ヒロキの誕生日の頃(9/24)に庭に桜の木を植える植樹祭をしようと思っています。
その方がみんなに気楽に集まって貰えるような気がするので……。
仏事のルールに則ってばかりでは、疲れるばかりでつまんないです。
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