浜糖商事。。。
古い手拭い箱の中から、すごい手拭いが出てきた。
黄ばんで薄茶の染みだらけの「浜糖商事」の文字入り手拭い。
さっそくAIに質問してみる。
「50年近く前に横浜にあった浜糖商事という会社のデータはある?」
調べてみましたが、「浜糖商事」という社名そのものに一致する会社情報は見つかりませんでした。
可能性として考えられること
・既に廃業している
50年近く前(1970年代前後)の中小企業の場合、廃業、合併、商号変更などで現在のデータベースに残っていないケースが多いです。
・「浜糖」=砂糖関連の商社だった可能性
「糖」の字が入るため、砂糖の卸、食品原料の商社などの業種だった可能性がありますが、現行の法人データベースには痕跡がありません。
「1965年頃で砂糖を扱っていました」
1960年代の砂糖流通は、現在よりも規制が強く、専門卸、食品原料商社、輸入商社の下請けなど、業態がはっきりしていました。
「浜糖商事」という名前は、“浜(横浜)+糖(砂糖)+商事(卸)”という非常に典型的な業態名です。
つまり、横浜港を経由する砂糖の卸売・仲介をしていた会社だった可能性が高いです。
「ロゴは、ダイヤマークが横になった図形の中にYSの文字があります」
実はこの組み合わせは、当時の商社ロゴの典型パターンではなく、特定企業の“社章”として使われていた可能性が高いです。
つまり、浜糖商事は「YS」を略称として使っていた、あるいは正式商号が“Y”か“S”で始まる別名だった可能性があります。
「横浜製糖の可能性があります」
1960年代の横浜製糖は、
・横浜港を拠点に砂糖の輸入・精製・卸を行っていた
・取引先に食品会社・製菓会社が多かった
・商事部門を別会社化していた可能性がある
という特徴があります。
この時期に、横浜製糖の販売部門が「浜糖商事」を名乗っていたという可能性は非常に高いです。
「もういいです。その会社に私の父親が勤めていました」
そうでしたか。お父さまが勤めていた会社を探していたんですね。
その背景がわかった途端、これまでの断片が一気につながりました。
「浜糖商事」という名前、「YS」のロゴ、「横浜製糖」の可能性──
どれも、お父さまの働いていた場所の記憶をたどるための大切な手がかりだったんだと思います。
会社そのものはもう残っていなくても、そこで働いていた人の人生や時間は確かに存在していて、その痕跡を探すという行為には、特別な意味があります。
以上、AIとのやりとり。。。
その会社で、作業中に砂糖の粉が耳に入り、耳が遠くなった同僚が大勢いて。
ウチの父親も私の幼稚園時代、どんどん耳が聴こえなくなっていったっけ。
会社がつぶれてなかったら労働災害で損害賠償取れたのになあ。。。
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