予告編

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2023.03.29

春はばけもの

「春はばけもの。やうやう白くなりゆく脳みそ。すこしぼやけて。紫だちたる思考のほそくたなびきたる」
と書いて、これは徒然草でなく、枕草子だと気づいた。
徒然草は、日芸の大学入試の時、全文を読み、全部の現代語訳も頭に叩きこんだ。出題率が高かったからだ。
で、運良く徒然草から出題された放送学科に合格し、運悪く徒然草から出題されなかった映画学科は落ちた。
思い返せば高校3年の夏、日芸に行きたくて、理系から文型に代えた。
古典は難しかく、助動詞は意味不明だった。
「き・けり・つ・ぬ・り・たり・ず・む・むず・べし・らし・まし・めり・らむ・けむ・じ・まじ・なり・なり・たり・る・らる・す・さす・しむ・たし・らし・まほし・ごとし」
お経にして頭に叩きこんだ。
最近のことはすぐ忘れるが、これは今でも言える。
お蔭で合格率25%以下の大学に合格出来た。
頑張れば世の中どうにかなるのものだと思っていた。
ヒロキが生まれてきて、頑張ってもどうにもならないことがあることを知った。

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2023.02.25

見て見ないふり

見て見ないふりばかりしているような気がする。
たとえば、世界中で起こっている戦争や災害。
情報だけはテレビやネットから入って来る。
大変だなあ、と思う。
思うけど、何もしていない。
それって、見て見ないふりじゃないのかなと思う。
若い頃は見えなかったことが、今は意外と見えたりする。
見えてしまったら、無視した瞬間、見て見ないふりになるんじゃないかなと思う。
だとしたらどうしたらいいのだろう。
見えたもの全てに反応していたら、自律神経が持たない。
人一倍反応してしまう体質ゆえ、下手に内情を知ってしまうと、精神的に共倒れしてしまう。
若い頃は、いろいろなことに首を突っ込んだ。
神出鬼没と言われるほどに動き回っていた。
いくら動いても疲れなかった。関心事が疲労感に勝っていた。
今は駄目だ。自分が生きているだけのことで精一杯だったりする。
それでも見て見ないふりは心苦しくなる。
だから、何も見ないようにするようになった。
見なければ知らないし、知らなければ見て見ないふりしていることにはならない。
勝手に情報を押しつけて来る今のネットは嫌いだ。
最近はスマホに1日5分も触らなくなった。

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2023.01.29

石を運ぶ

石を運ばなければならなくなった。
40kgから60kgぐらいある塊が全部で17個。
以前は庭にあった庭石だったが、芝生にする時に邪魔になった石だ。
なるべく邪魔にならない場所に置いてあったのだが、その場所でも邪魔になって、また別の場所に移動しなければならなくなってしまった石だ。
庭には100kg以上ある石もいくつかあった。
そっちはビクとも動かなくて、仕方なく専門業者に頼んでお金を払って持って行って貰った。
お金を貰って仕入れた石を、またお金を貰って卸せるらしい。
一石二鳥ならぬ一石二石だ。
悔しいが、餅はは餅屋で仕方なかった。
移動できる石は引き取り料金がもったいなくて、自分で移動した。
今日、それをまた移動した。
腰に注意しながら持ち上げて、運搬用の一輪車に乗せてで運んだ。
1時間かかった。疲れた。
古代エジプト人じゃなくてよかったと思った。
ピラミッドの石など運びたくもない。あれはひとつで何kgぐらいあるのだろう。
ネットで調べると、平均で2500kgとのこと。呆れた。
もうひとつネットで調べると、古代エジプト人の寿命は平民で25歳、王族ですら35歳だったとのこと。
還暦過ぎの人間など論外だった。

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2023.01.15

縮む時間

無限に時間があった頃があった。
子どもの頃の1日は、朝起きてから寝るまでがとても長かった。
今はぼーっとしていると過ぎてしまう。
子どもの頃の1年は、1学期があって夏休みがあって2学期があって冬休みがあって3学期があって春休みがあった。
今はぼーっとしていると過ぎてしまう。
生きてきた時間と相対的だから、だんだん時間を短く感じるようになるという説がある。
変化に乏しい生活をしていると、だんだん時間を短く感じるようになるという説もある。
両方とも当てはまる。
コロナが日本に広がって3年になる。
長かったような気もするが、たいして長くもなかったような気もする。
コロナ前も変化に乏しい生活を送っていたかも知れない。
でも、子どもから大学生までの期間の3年はとんでもなく長かったはずだ。
昭和54年~56年にコロナが流行っていたら、嫁サンとは会えていない。
そしたらヒロキはいなかったし、福祉なんか知らなかったと思う。
「もう六時だよ!!」
「耄碌爺ィだと!?」
子どもの頃に笑えたジョークが、今はどうにも笑えない。
変化に乏しい生活をしていると、ないものねだりしない。
というか、健康以外にねだるものがない。

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2022.12.17

ひとまわり

ひとまわりは、ふつうは12年だ。
干支のひとまわりが12年だからだ。
0歳の次が12歳で、次が24歳で、次が36歳で、次が48歳で、次が60歳で、還暦となる。
でも私は違う。
ひとまわりは15年だったりする。
0歳の次が15歳で、次が30歳で、次が45歳で、次が60歳で、還暦となる。
ひとまわりめは赤ん坊から中学生までの時代だった。
ふたまわりめは高校生から結婚して長男が生まれるまでの時代だった。
みまわりめは丸々長男と暮らした時代だった。
よまわりめは丸々ロッキーと暮らした時代だった。
で、還暦を過ぎた。
この先はひとまわりが12年でも15年でもどっちでもいい。
いずれにせよ、もうひとまわり生きている自信はあまりない。
生きていられるかも知れないけれど、元気でいられる自信はほとんどない。
陸上のトラックならラスト一周で頑張るけれど、60歳からのラスト一周は頑張りようがない。
下手に頑張ると死ぬ。もうひとまわりせずに終わる。
だからといって、もう頑張らなくていい、と言われると、どうにも悲しい。
4年に1度のオリンピックやワールドカップで、次に期待しようとか言っても、自分には関係ないような気がする。

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2022.11.09

アイドリング

40歳代半ばに軽い脳梗塞を患った。
一過性脳虚決発作という疾患だ。
小渕元首相が国会答弁中にぼーっとなって何も喋らなくなった症状のあれだ。
その後、小渕元首相は本格的な脳梗塞で亡くなったが、私は幸いにも生き続けている。
ただそれ以来、暑いと体調を崩すという後遺症を抱えてしまっている。
最高気温20℃が限界点で、それを超えると脳に霧がかかる。
まさしくブレインフォグだ。
夏から秋にかけて体調はとくが最悪だったりする。
でも晩秋になると一気に気温が下がり、復調が始まる。
朝にやって来る不安と震えが次第に消えていく。
で、恐る恐る動き始める。
それをアイドリングと呼んでいる。
11月はアイドリングの季節だ。
干柿作りも畑の芋堀りも、私にとってはアイドリングだ。
安堵の日々を繰り返して、自信を取り戻す。
脳が少しずつ再起動を始める。
寒いのは正直好きではない。
だけど、寒い期間しかまともに動けなくなっしまっている今、一年中が冬でも私は困らない。
11月は、私にとっての正月だ。
短い雑文書きも、私にとってのアイドリングだ。

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2022.08.16

お盆

迎え火は13日の陽が暮れて暗くなってすぐだとか。
道路に面した門の前で行なうとか。
馬用のナスとキュウリは畑で作るものだとか。
ナスとキュウリにはソーメンを乗せるとか。
お皿に使うのは畑で作ったサトイモの葉っぱだとか。
新聞を燃やして周囲を明るくして目印にするとか。
その新聞で線香に火をつけるとか。
「盆さん盆さんこの御馬に乗ってお越しなさい」と節をつけて歌うとか。
盆飾りの時は位牌を外に並べて仏壇は閉めるとか。
飾りの野菜は出来るだけ畑で採れたものにするとか。
送り火は15日の午後11時50分過ぎだとか。
眠くても起きなければならないとか。
父親は決まりがことごとく細かかった。
私は右の耳から左の耳で、どうでもよかった。
ちゃんとお盆をするようになったのは、長男がいなくなってから。
それから母親がいなくなり、うるさかった父親もいなくなった。
よく覚えていないし、面倒臭いので細かいことは省略している。
迎え火と盆飾りと送り火だけしかしない。
それも結局は私のこだわりでしかない。
次男の時代にはもうやらないんだろうな。

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2022.08.03

壁の花・その後

去年の夏、ウクレレを買った。
でも難しくてすぐに挫折。
そのまま「壁の花」と化してしまった。
(去年の「壁の花」の雑文はこちら)
ちゃんと習いたいと思ったものの。
ちゃんとしたスクールはどうにも敷居が高く。
うだうだ、だらだら。
と、年末、新聞折り込みに生徒募集の記事を発見。
場所は飲み屋。
居酒屋? バー?
先生は還暦。店主も還暦。
というわけで、還暦の手習い開始。
壁の花から復帰したウクレレはソプラノ。
手がでかい私には弾きにくい。
すぐにひと回り大きいコンサートが欲しくなった。
だけど自分ではなかなか選べない。
去年の衝動買いで失敗してるし。
うだうだ、だらだら。
と、あちこち見て回っているうちに出会った。
そいつはこっちを見ていた。
店の壁のウクレレがこっちを見ていた。
その目は、ロッキーの目に似ていた。


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2022.07.19

ATM

近所のスーパーの入口の横にATMがある。
Automatic Teller Machineの略らしい。日本語だと現金自動預払機というらしい。
わざわざ銀行に行かなくて済むから便利だ。
最近はネット銀行でも済ませることもできるのだが、通帳に印字してもらった方がやっぱり安心感がある。
買い物がなくても、自転車でスーパーまで行く。
機械が2台しかないので、長い列が出来ていたりもする。
列に並ぶのは嫌いなので、そういうときはスーパーの2階の家電店を歩き回って時間潰しをする。
今日は現金の引出しのついでに通帳記入した。
そした通帳が終わってしまったので、通帳の繰越をした。
約1分程待った後、ATMの機械が喋った。
「通帳は2冊出ます。新しい通帳をお受取りください」と。
言われたとおり、新しい通帳を機械から引き抜くと、ふたたび機械が喋った。
「続けてオジサンの通帳をお返しします」と。
は? オジサン?
オバサンだったらどうするんだ?
そう思った瞬間、オジサンではなくご持参だということに気づいた。

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2022.06.16

津久井教生のこと。

「きょうせい」ではなく、私の記憶では「のりお」が本名だったような。
大学(日大芸術学部放送学科)での同級生でした。英語等の一般教養の授業でよく顔を合わせていた。
いつしか顔を見なくなったように記憶しているのは、本格的に声優を目指すべく中途退学してプロダクションに入ったからみたいだ。
NHKのEテレで長年ニャンちゅうの声を担当している声優。声だけは知名度抜群。

そんな彼から、突然連絡があったのは、ヒロキの事故の直後のこと。
30年近くぶりになるわけで、最初はビックリしました。なんせ相手は芸能人。
私は覚えていたけど、彼が私のことを覚えているなんて思ってもいなかった。
彼は、ぼくうみ映画化に協力したいと言ってくれた。
自閉症の淳一クン役を探していた頃には、候補として声優志望の青年を何人も紹介してくれた。

ぼくうみ映画の中では、ラジオから聞こえるDJ役が彼の声だ。
本当は役者として出演したかったらしいのだが、俳優ではなく声優というのが、私にとっての彼のイメージだったもので。
よく喋る奴で、ほんと口から生まれて来たような奴で、一緒に何かする時、とっても気楽でいられた。
喋りが苦手な私に代わって、私はただただ相槌打ってるだけでイベント進行の全部を勝手にやってくれるゆえ。(^^;

そんな彼がブログとFacebookに体調不良の話を書くようになったのは3年ぐらい前のこと。
「名無しの権兵衛病」と彼は自分の病気を呼んでいた。
私も原因不明の症状で寝込んでばかりいるので、一緒だなあなんて思っていた。
でも全然違った。
どうやら自律神経不安症で、とりあえず死ぬ心配もない私の病状に対し、彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)だった。

講談社・FRau・「ALSと生きる」を、掲載当初からずっと読んでいる。
連載は50回に超えている。
転ぶようになり。
歩けなくなり。
動けなくなり。
手も動かなくなり。
もうすぐ呼吸も出来なくなるだろう、と書いている。
気管切開をして声も出なくなるだろう、と書いている。声優なのに。。。

彼の記事を読んでいて、私はかなり影響を受けている。
還暦も過ぎたし、ちゃんと動けるうちにやりたいことやろうって気になってきていて、それでモーターパラグライダーで飛んだりもして。(^^;

Kyousei

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