#8 シナリオ執筆
気がつくと、ユーミンの「ひこうき雲」ばかり口ずさんでいました。
〈空に憧れて 空をかけてゆく〉
〈あの子の命は ひこうき雲…〉
小学生の頃に筋ジストロフィーが同級生がいて、高校時代になってその子の葬式に列席した時の悲しみを歌詞にした、とのこと。
んー、歌詞は素晴らしいけど。でも、インパクト的には私の方が圧倒的に上かも。(笑)
少し放っておいて貰いたかったけれど……自業自得です。
「みなさんの力で〈自閉症の青年が主人公〉の映画をつくらせてください」「目標3000万円。制作に向けてお一人1万円のカンパ金をお願いします」と言い出したのは私自身なのです。
100万円集まるかどうかで賭けをしていたことなどあざ笑うかのように、カンパ金の額はホームページの公開からわずか1週間足らずで分岐点の100万円を呆気なく超えてしまいました。
これってヒロキへの香典の代わりなのかな? なんて思ったりもしましたが、どうやら違いました。
〈自閉症の息子を散歩中の電車事故で失った父親が、自閉症を題材とした映画を制作したいと願っている〉
新聞に掲載された記事を読んで「ぜひ協力したい」と言ってくださるNHKの記者さんからも連絡を頂きました。時津記者もまた自閉症児の父親で、東京へ単身赴任中でした。
時津さん制作の10分弱の番組は、午後9時台のニュース番組でオンエアーされ、寄付金の総額は加速度的に増えていきました。
寄付の合計額を毎日必ずホームページの表紙に発表しつつ、私はだんだん不安になってきました。
これはもしかしたら本当に映画をつくらなければならい……と。
当時ネットの世界で人気を博していた〈2ちゃんねる〉のニュース速報版上で嫌がらせを受けたりもしました。JRから送られてきた損害賠償請求書が悔しくって、コピーしてブログに載せてしまったのが原因でした。
ちなみに、そのときのスレッドのタイトルは……。
「電車に飛び込み自殺した奴の家族に請求がキタ━(゚∀゚)━!」
「電車にグモった知障の親、損害支払いを拒否&それをネタに映画化で一儲けを画策★2」
〈知的障害の子供がスタンドバイミって電車に跳ねられる〉→〈後日、JRから損害の支払い請求の電話が来る〉→〈難癖つけて、支払いを拒否〉→〈しかも今回の件を映画化して一儲けしようと頑張る〉→〈ブログでは都合の悪いコメントは全面削除〉と書かれています。
くそッ、面白おかしく話を作りやがって……。
私への酷評や悪口はもちろん、住所等の個人情報、過去ににっかつロマンポルノを執筆していたことまでが遠慮なく書き込まれていました。ロマンポルノには触れるのに、なぜかアンパンマンには触れてくれませんでした。
1スレは1000書き込み。2スレなので合計2000書き込み。でも次のスレは立たずに収束しました。匿名でしか何も出来ないお祭り好きの皆様が次のネタに移行したのでしょうね。たぶん。
ちなみに、そのときのログ(書き込み)は、自分への戒めとして、今でも全文保存してあります。
2ちゃんねるでの炎上は2日で収束しましたが、まいってしまったのはその影響の方でした。私のブログのコメント欄とぼくうみ制作準備実行委員会ホームページの掲示板が炎上。消しても消しても、新たな書き込みが増えていく、といういたちごっこ。私が管理しているつくしんぼと町田おやじの会のホームページの掲示板にまで延焼してしまう始末。
私のことがよほど嫌いな人がいるんだなあって、しみじみ思いました。どうせ会ったこともないのに……。
芸能人が炎上ブログを閉じてしまう気持ち、つくづくわかります。
嫌な思いはしましたが、でもそれは一時的なもので、結果的にはこれもカンパ金額を増やすプラス要因にもなりました。
少額のうちは寄付してくださった方々へ返金すればいいと思っていましたが、数百万を越えてくると、それだけでは済みそうもありません。
かと言って、実際のところ私は、映画制作に関しては完全に素人です。プロデューサーでも監督でもない。脚本家なんて現場仕事のことなど何も知らなくて当然です。
さてどうしよう……。
仕方がない。とりあえず出来ることから……。
手元には懸賞募集で落選した過去脚本と原作小説はあるものの、正式な映画シナリオがありません。まずはそれを書き上げることから始めました。
ストーリーは小説の内容から変えようとは思いませんでした。
となると、最大の難関は、小説の主人公・淳一の心の声です。
「ぼくはおしゃべりがにがてです」
小説であれば登場人物の心境、思い等を文字化にすることは可能です。
が、映像の中で同じように表現しようとすると、中途半端なモノローグ処理に頼ってしまうことになる……。
それだけは絶対に避けようと思いました。障害者の思いをモノローグ化するなんて、ご都合主義の極みです。
ましてや主人公は自閉症です。実際のところ、何を考えているのかなんて周囲の人間にはわからなくて当然。せいぜい推察するのが精一杯。心境を説明した時点で嘘八百です。
結局、言葉での説明を一切省くことに決めました。
でもどうすればいいかわからない……。
考え抜いて、ふと浮かんだアイディアがありました。ヒロキが口癖のように使っていた言葉を徹底的に押し込んでみる、という作戦です。説明の代わりに、そこにヒロキを置いてみれば、観客が勝手に主人公の心理を推察してくれるのでは……と。
私は自閉症の最大公約数を描くことをやめ、ヒロキを描くことにしました。
「おさんぽいってもいいよぉ」
母親が散歩に行く時にいつも言ってくれていた言葉をおうむ返しで言っていた言葉を、散歩に行きたいという合図に使っていたヒロキでした。
「おしっこ!」
嫌なことから逃げ出したい時に使うヒロキのお決まりの言葉でした。
「げんきなあいさ、つ! おはようございまーす。げんきなあいさ、つ! こんにちわー……」
言葉の一番最後の一文字を、なぜか離して言って遊んで喜んでいるヒロキでした。
「カレーもういっぱいおしまい」
お代わりが食べたい時にそれを最後にするときに母親に母親が使っていた言葉を「お代わり」という言葉の代わりに使っていたヒロキでした。
「コーラ好き?」
おうむ返しを遊びにして楽しんでいたヒロキでした。散歩中に見つけた空き缶を立てないと気がすまないヒロキでした。
「うみだねぇ、うみだよぉ、うみだかぁ、うみだなぁ、うみだのぉ」
誰かが「~だねえ」と言うと、すかさず「~だねぁ、~だよぉ、~だかぁ、~だなぁ、~だのぉ」と言って笑っているヒロキでした。
「おへんじは。はーい」
相手の言葉と自分の返事を一緒にして言うヒロキでした。
「ありがとう。ぽいっ」
嫌なものは受け取ってトイレに捨てればいいと思っていたヒロキでした。
「ただいまー、おかえりなさーい」
会話のやりとりを単語に置き換えて使うヒロキでした。
映画に使ったのは以上です。
他にもたくさんあったはずなのですけど。「クロネコヤマトの宅急便、一歩後ろへ!」ぐらいしか思い出せません。15年も経つとすっかり忘れてしまうものなんですね。いや、歳のせいかも。
どこかに書いてないかと、過去ブログ内に探してみたら、綴ってあったので、コピペしてみます。
「おとうさん おふろ はいるよ」
「よそのうち はいらない」
「といれにものを ながしては いけませーん」
「きょーのおてんきは はれです」
「なんちゅーぷーる いくー」
「すみれぷーる いくー」
「さくらぎちょー ゆうえんち いくー」
「まくどなるど いい」
「らーめん こーらくえん いい」
「カレー もういっぱいおしまい」
「スパゲッティー もういっぱいおしまい」
「おそば つゆください」
「むぎちゃ ください」
「よーぐると ください」
「ごはん ください」
「うめぼし ください」
「なっとー ください」
「のり ください」
「しょーゆ ください」
「たらこ ください」
「みそ ください」
「みつかん ください」
「はみがき する」
「おんがく する」
「ねんね する」
「おさんぽいっても いいよぉ」
「リンコだねー、リンゴだねー、ミガンだねー、ミカンだねー、トマトたねー、トマトだねー、かまなーい、チキチキボンは、おうちでね」
風呂に入ったときの言葉も見つけたので、ついでに……。
「おとーさん、おふろはいっていいよぉ」(風呂に入りたい、の意)
「おもちゃ、やる」(玩具で遊ぶ、の意)
「せっけん」(体を洗う、の意)
「ろっかい。よんかい」(スポンジにつけるボディシャンプーのノズルを押す回数)
「しゃんぷー」(頭を洗う、の意)
「あおいしゃんぷー、しろいりんす。ブルーシャンプー、ホワイトリンス」(言葉遊び)
「しゃわー」(シャンプーを流す、の意)
「おひげ」(ひげを剃って、の意)
「クレアラシル」(顔を洗う、の意)
「にじゅう」(風呂を出たい、の意)
「いーち、にー、さーん、よーん、しー、ごー、ろく、なーな、しーち、はーち、きゅー、じゅー。おふろ、おしまいでーす。おわりでーす。またあした」
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