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#12 オーディション

 2008年。平成20年。
 三回忌までに映画が完成しなかったことなんて、もう気にしません。
 そもそも三回忌と三年目を勘違いしていたレベルの私です。三回忌という言葉の響きにこだわっていたのは私一人だけで、他は誰も気になんかしていませんでしたし。
 それより、三回忌までに映画制作自体が実際に動き始めたのだから、充分に立派なもんです。
 だから、三回忌までのクランクインが、7月へと先送りになってしまったことも全然気にしません、というのは嘘で……。

 

 ちょっと待って。7月? 7月なの?
 7月って、もしかして梅雨真っ只中の7月ってこと?
 梅雨の季節の海って、思いっきり灰色にくすんでない?
 そんな時期をわざわざ選んで撮影するってこと?

 

 ふと私は「マリリンに逢いたい」という映画を思い出してしまいました。大学時代の同級生で当時既に売れっ子だった野沢尚が脚本を担当。嫉妬と羨望とともに映画館に観に行った作品です。
 雄犬シロが雌犬マリリンに会いたくて、沖縄の小島と小島の間を泳いで渡ったという実話を元にしているとのこと。
 沖縄とくれば、メインのシーンは眩い太陽。どこまでも続く青い海原。きらめく波間を泳いで渡る犬、と思いきや……。
 全然違いました。海が灰色なのです。
 どういう理由なのか都合なのかわかりませんけど、その感動のシーンは思いっきり曇天の日に撮影されていました。

 

 ぼくうみの場合、主人公が泳いで渡るわけではないし、ボートで海を渡るシーンも早朝の暗いうちだし、海の色なんて関係ないし……。
 なんて考えて自分を慰めたりして……。
 原因はスタッフのスケジュールの都合でした。
 福田組に集まってくれたスタッフの方々は、当然他の作品にも携わっており、常に多忙で、体が空いているのは梅雨の期間ぐらい、とのこと。
 「ぼくうみ」は、雨傘番組ならぬ、雨傘映画ですか?
 と、思いっきり不満でしたが、どうにもなりませんでした。なんせ「ぼくうみ」が出せるギャラでは、他の作品からスタッフを引き抜くことなんて出来っこありません。

 

 いやいや、天気なんて二の次。
 映画は、脚本でも監督でもなく、なんてったって役者次第。
 とくに「ぼくうみ」の場合、主演の浅野淳一役の俳優の演技が全ての決める。だからとにかく絶対に適役を見つけないと……。
 私の頭の中は、主演男優のことでいっぱいでした。
 ブログには多少フライングの感じで「自薦他薦を問わず、淳一クンを探しています」という内容の記事を書いたりもしていました。
 それを読んでくれた大学時代の友人、ニャンちゅうの声を演じているの津久井教生からは「掘り出し物がいるかも知れないから、声優学校に遊びに来てみない?」と連絡を貰い、実際に見学に行ってみると、たしかに声優志望にはアスペルガーの傾向を持つそれっぽい感じの若者がかなり多かったりもして……。

 

 クランクイン予定は7月。それから遡ること4ヶ月。
 ぼくうみのキャストはオーディションで選ぶことになり、そんなキャスティングの作業が3月初旬から始まりました。
 とはいえ、実のところ私はオーディションにはあまり期待していませんでした。
 「ぼくうみ」のような名もない自主制作映画なんかへの出演を希望してくれる役者さんなんてほとんどいないだろうって思ったからです。
 でもそんな私の予想は思いっきり間違っていました。役者は役者で、アンテナを張って世に出るチャンスを探しているものだということを、後になってキャスティングプロデューサーの古川さんが教えてくれました。
 オーディションの情報は専門のルートを通じてタレントプロダクション関係にばらまかれていたそうで、反応は上々とのこと。全部の役への応募書類は合計で1000人通以上集まっていると聞いてビックリ!
 私はというと、他の役はともかく、淳一役だけは自分で決めるつもりでいました。
 そのためにも、主演への応募者全員に会ってみなかったのですが、それは叶いませんでした。オーディションのスケジュールの都合上、書類選考をして応募者数を半分程に絞らなければならなず……。
 その書類選考の仕事は私の担当となりました。まあ、そりゃそうです。淳一役は自分が選ぶと宣言していたのですから。
 書類なんかじゃ自閉症の演技のレベルなんて全然わかないよなあ、とか愚痴りつつ、私は応募用紙の束に向かわざるをえませんでした。
 しかしなあ、面接などで選考を受けたことはあっても、他人を選考したことなんて一度もない私です。合否の基準もない……。
 もう直感だけでした。写真を見て、自己PRの文章を斜め読みしては、合格と不合格と保留の3つの山に応募書類を分ける作業を延々繰り返しつつ……さだまさしの無縁坂を口ずさんでいたような。
「運がいいとか悪いとか、人はときどき口にするけど、そういうことってたしかにあると、あなたを見ててそう思う……」

 

 淳一役のオーディションは2日間。書類選考で選んだ約250人。小劇場を借りて行なわれました。
 自閉症の青年役を選ぶということで、選考担当は私、妻、自閉症児の父親でもあるエソシエイトプロデューサーの岡田さん。役者側からの視点と障害に関しての知識もあることから母親役に決まっている石井めぐみさんにもいらして頂きました。障害をもつ子を失くしている親としての先輩、言わば〈戦友〉のような方で、脚本執筆の際にも母親役は彼女をイメージして当て書きしていました。
 ただ福田監督が、前の仕事が残っていて参加することが出来ず……。
 参加者の皆さんには横並びに5人ずつ座って貰い、自己紹介。そして短い演技をお願いしました。

 

○ マンションの屋上

淳一に近づいて行く明日美。

明日美「……(緊張気味)」

跳躍を続けている淳一。

明日美「……よく来るの、ここ?」

反応しない淳一。

明日美「私もここ好き。なんかいいよね、ここ」

反応せず、跳躍を続ける淳一。
明日美、フワ~と伸びをしてみる。
と、跳躍をやめる淳一。

明日美「……(ちょっと期待)」

が、淳一は、一度屈伸をし、それから足元に置いてあったウェストバッグを拾って腰に巻くと、明日美の存在など眼中にないといった様相で、屋上出入り口の方へ悠然と歩き去って行く。
明日美、見送って……。

 

 二人が初めて出会う屋上。編集されて本編ではカットされていますが、実は明日美に台詞のあるシーンでした。
 オーディションの進行はキャステング担当の古川さんにお任せし、私たちはただただ見守るのみ……。
 屋上のジャンプのシーンを選んだのは正解でした。淳一役に応募してきた青年たちの自閉症への理解度が一目瞭然でわかります。
 身体障害と勘違いしてジャンプしたくても出来ない青年を演じる方がいたり、精神の障害と勘違いして妄想の世界を演じる方がいたり、ひたすら的外れな個性を発揮する方がいたり……。

 

 午前中から始まったオーディションは昼休みを挟むこともなく、夜になっても延々と続きました。
 思いっきりの疲労感の中、つくづく思いました。
 ──ダメだな、こりゃ。
 この中から選ばなきゃならないのかなあ。
 書類選考で失敗しなのかなあ。
 何人か選んでおいて、多数決あたりで誰か一人に決めるのかなあ。
 で、こつこつと自閉症の演技指導を頑張るわけ?
 演技指導は誰がやるの?
 そんな付け焼き刃で映画になるのかなあ……。

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