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#18 母の死

 ヒロキの事故から丸3年。
 「映画づくりは弔い合戦」そう自分に言い聞かせて頑張り、なんとか完成にまで漕ぎ着けました。
 とは言うものの、映画なんて観て貰ってナンボです。観て貰えなければ、ただの自己満足に過ぎません。
 作ることより、実は観て貰う方がずっと難しいなんて、ほんと知りませんでした。
 キャスト&スタッフ的には、ぼくうみは“プロの作品”です。
 内容的にも“良質の作品”です。
 「でも、興行的には無理がある」
 それが配給会社側の判断でした。
 配給ラインから見放されてしまったことになります。
 これでもう〈ぼくうみの全国一斉公開〉という野望は、夢のまた夢となってしまいました。

 

 完成してみれば、3000万円でなんとかなるかもなんてとんでもない。ぼくうみの映画製作費は約5500万円にまで膨らんでしまいました。
 それでも、この程度の金額ではやはり自主映画レベルとのこと。日本の商業映画の場合、製作費1億円以下の作品なんてまずないらしいのです。
 たとえば、映画自体を5000万円かけて完成させたとしても、実はそこまででは半分の過程に過ぎず、さらに周知の手段として制作と同等額かそれ以上の広告宣伝費が必要になり、結果的に億単位の製作費となってしまうのが現実らしいのです。
 映画制作費+広告宣伝費=総製作費、らしいのです。
 そんなこと、関係者じゃなきゃ知りっこありません。
 で、そんな高額の製作費を賄う手段として、放送局や出版社や広告代理店等々が集まってとりあえず組織化されたものが映画の実行委員会というものらしいのです。
 実行委員会と言っても、ぼくうみ製作実行委員会とは、その存在意味がまったく違ったていたのです。
 テレビCMの放映料は100万円単位らしい……。
 新聞広告は小さいものでも10万円単位らしい……。
 そんなの払わなくったって、バラエティ番組で宣伝して貰ったり、新聞の映画評欄に載せて貰ったりするのであれば無料かと思いきや、それもまた大間違い、とのこと。
 そういうところに扱って貰う場合でも、実は裏できっちり商売が成り立っているらしいのです。
 大手新聞の日曜版、ページの真ん中あたりにある書評欄に取り上げて貰うためには、実はページ下への広告掲載費以上の金額が必要があるらしいのです。
 何をするにもお金らしく、だから広告代理店は儲かるらしいのです。
 うーん、「らしい」ばっかりだ……。
 そっか、だからぼくうみの映画、民放には一切相手にされず、取り上げてくれたの、NHKとケーブルTVだけだったんだ……。

 

 ぼくうみは、ほんと素晴らしい作品に仕上げて頂きました。
 自閉症のことをまったく知らない人にも充分に楽しんで貰えるし、自閉症のことを理解して貰うのに絶好の映画なのです。
 だからこそ、自閉症の啓発という意味でも、多くの映画館で一般公開して貰い、多くの人達に観て貰えるのが理想なのですけど……。
 そんなに甘いもんじゃない、のが世の中でした。
 完成はしたものの、肝心の公開のラインがどうにも決まりません。
 制作会社側も頑張って動いてくれているみたいなのですが、そもそもが作ること自体が本業。社内に営業部門はないわけで……。
 ぼくうみは海が舞台です。イメージ的に夏の映画です。なんとか夏までにはロードショーにまで持っていきたい。
 秋になったら海を見たい気分なんて失せてまうし、冬になったら、それこそ「海なんか見たくなくなりました」になってしまう……。

 

 というわけで、欲張るのはやめました。
 監督、制作プロダクション、関係者の面々との話し合いの結果、配給会社経由での上映という通常ラインは諦めることにしました。
 初心に立ち返り、ぼくうみは〈自主配給〉で行くことにしました。
 もともとが自主制作映画。自主配給が妥当なのです。
 よくよく考えれば、原作の小説だって大手の出版からではなく、小説を出したことのなかったぶどう社にお願いして刊行して貰ったわけだし……。

 

 自主配給には、メリットとデメリットがあるとのこと。
 メリットは「配給会社を通すことなく劇場側と直接交渉するので、利益分がダイレクトに実行委員会に入ることになる」「映画の権利を配給会社と分け合わずに済むので、全国での自主上映等における制約がなくなる」等々。
 一方デメリットは「チラシづくり、パンフレットづくり、営業・宣伝等々、すべての仕事を実行委員会でしなければならない」「配給会社のように地方の映画館とパイプがないため、全国展開が難しい」「劇場公開すること自体がかなり難しい」等々。

 

 ここまで来たからには「ロードショー作品」と呼ばれる映画にしたい。
 そのためには、どこかの映画館での上映機会を得ることが必要最低条件となるわけで……。
 単館上映でも構わない。毎日初回だけのモーニングロードショーでも、最終回のレイトショーだけでもいい。公開期間2週間でもいい。
 そこまで進めれば、そこから先、広がって行く可能性はきっとある。
 1+1+1……から完成した映画なのだ。
 1+1+1……の上映からだって、きっと全国に広がる。
 ぼくうみは、そんな力を秘めている映画だと思う。絶対。
 なんせ背後にはヒロキがついているのだから……。

 

 とりあえず7月、映画制作を応援してきてくださった方々を招待してのプレミアム試写会を町田市民ホール(定員800人)で開催することだけは決定したのですが……。
 そんな頃、我が家に大きな事件が起こりました。
 ゴールデンウィーク中の5月2日のことでした。
 午後になって一階の居間をふと覗くと、午前中に自転車で元気に飛び回っていた母が昼寝をしていました。父は不在だったので、たぶん畑仕事でもしていたんだと思います。
 で、いつもなら母の場合、夕食時になれば起き出すのですが、この日に限って起きていないことに、暗くなってから気がつきました。
 ずっと寝たまま。
 ずっと同じ格好のまま。
 嫌な予感……。
 起こそうとしましたが、反応がありません。
 ──脳梗塞でした。
 母の昼寝が毎度のことだったので、私は気づくのに遅れ、結局のところ半日近く放置してしまっていたのでした。
 後悔先に立たず……。
 救急車を呼び、病院へ搬送出来たのは夜になってから。完全に手遅れ状態でした。
 それから10日後、母は一度も意識を戻すこともなく、逝ってしまいました。享年75歳でした。

 

 3月のヒロキの卒業式の時に完成したぼくうみを観て、一番喜んだの、たぶん母だったのかなと思います。
 自分の息子が孫のために作った映画が誇らしかったのかなあ……。
 7月に町田市民ホールでプレミアム試写会を行なうことを告げると、知り合い関係に片っ端から声をかけていました。
 定員の都合でヒロキの卒業式に呼べなかった友人や知り合いたちに宣伝用のハガキを配って営業活動をしまくり、それまで一度も行ったことのない高校時代の同窓会にまで出席して試写会の宣伝していたようです。
 後になって近所の母の友人に聞いた話によると、倒れた当日の午前中の自転車での外出も映画の営業だったとのこと。
 でも、母は町田市民ホールでの映画のお披露目の日を待たずに、ヒロキの元へと旅立って行ってしまいました。


 
 耳が聴こえず、畑作業と盆栽いじり以外は何もしない父に代わり、母は我が家での大黒柱でした。
 亭主より自分が先に逝ってしまうなんて、思ってもなかったと思います。
 自分たちより先にヒロキがいなくなり、父より先に母がいなくなり、 〈順番〉なんて全然関係ないんだなあ……。
 ただ、私の気持ちを思い返してみると、ヒロキの時ほどのショックはありませんでした。それが息子の死と母親の死の違いなのか、突然の事故死と10日の入院期間を経た後の病死との差なのか、よくわかりません。

 

 四十九日の納骨の時、3年間部屋に置いてあったヒロキの骨壺も一緒に納骨しました。
 大好きだったバアちゃんが一緒なら、ヒロキも淋しくないだろうし……。
 飛び回るヒロキを、自転車で追いかけ回してくれるだろうし……。
 一度だけだったけど、母に映画を観て貰えたことは、まあ親孝行だったのかな、とも思います。

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