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#19 ロードショー決定

 2002年に小説のぼくうみを出版。そのタイミングを機に禁煙に成功。
 で、7年ぶりに映画の完成初号の日に1本だけ吸って、その一服がやっぱり不味くて、「ああこれで煙草は本当におしまいだな」と思っていたのですが……。
 母が亡くなって以来、毎日1本吸うようになってしまいました。
 いや、正確に言えば、吸うというより、1本に火をつけて母親の白木位牌の前に線香の代わりに立てているうちに、また吸うようになってしまいました。
 なんせ、自宅には煙草が売るほどあり、というか、実際に売っていました。母は小売りの許可を取得し、自宅の角に自販機を置き、小遣い稼ぎをしていました。
 その仕入れ済みの煙草が大量在庫となってしまっていて……。
 中途失聴の父親に代わり、家のほとんどの仕事を仕切っていたのは母でした。そんな母が突然いなくなってしまった結果、あらゆる雑用のお鉢がすべて長男である私に回ってきてしまいました。
 前年の暮れには「株式会社大輝」を立ち上げたばかり。代表取締役社長はとりあえず私なのですが、現実はそれまでの自宅の事業を法人化しただけのもの。実質の作業は母の仕事でした。
 映画はあるわ、つくしんぼはあるわ、自宅の仕事もあるわ。
 つくしんぼの仕事は職員が肩代わりしてくれたものの、家の仕事は代わりにやれるのは自分以外にいません。
 その結果、ピロリ菌退治は終わっているのに、胃が痛い……と思ったら、胃ではなく、痛みの原因は帯状疱疹でした。

 

 母の突然の死から2ヶ月後のこと。
 予定通り、7月14日に町田市民ホールにおいてプレミアム試写会を開催。母が声かけ営業をした大勢の友人の方々にもいらして頂けました。
 そもそもこの上映会、個人営業で私以上にカンパ金を掻き集めまくってくれていた母へのお礼のつもりの企画でした。地元でやれば、知り合いに声をかけやすいだろうと。
 ヒロキの卒業式と称しての初試写会は、200人規模のホールだったので、誘えない人が大勢いました。ヒロキがお世話になった方が中心なので、母の知り合い関係の方々は、まったく誘うことが出来ませんでした。
 で、愚痴っていた母親と約束しました。
「ロードショー前にもう一度、今度は町田市民ホールで試写会やるから。800人入るから。いくらでも知り合いを誘っていいから」と。
 なのに、当の本人の母がいなくなってしまい。
 ヒロキのために企画した映画なのに、ヒロキもいないし。
 祖母と孫とで同じパターン……。
 そんなわけで、大袈裟にやるつもりはありませんでした。ほんと、3月に呼ぶことが出来なかった方々のための上映会のつもりでした。
 ところが、個人的な声かけと、ホームページとブログでの宣伝程度にしておくつもりだったのですけど。
 町田・相模原に配布されている某タウン誌に試写会開催の記事を掲載して貰えることになり、その結果、メール等ではなく、往復葉書で応募にもかかわらず希望者が3000人以上!
 入場券のために抽選をしなければならなくなってしまい、まさしくプレミアム試写会になってしまいました。
 福田監督、主演の大塚さんと伊藤くんと並んでの舞台挨拶。
 ホール備えつけの貧弱な機材ではなくわざわざ高照度プロジェクターを贅沢レンタル。
 私には、なんていうか、供養のような上映会でした。

 

 そして、少し前後しますが、プレミアム試写会の直前のことでした。
 待ちに待ったロードショー公開がやっと決定しました。
 場所は、恵比寿ガーデンプレイス内にある「東京都写真美術館ホール」。単館での上映です。
 期間は8/22(土)~9/18(金)の4週間。公営の施設なので、月曜は休館。ゆえに24日間。1日4回上映。

 

 ロードショーが決定した途端、一気に忙しくなりました。
 チラシ&ポスター作成。パンフレットの作成。前売りチケット販売。
 ニコニコ動画で予告配信。当時はまだYouTubeは始まってはいたもののメジャーではありませんでした。
 椎名さんが自腹でサントラCDも作ってくれて、先行販売も開始しました。
 宣伝会社のブラウニーさんが映画の主旨に共感してくださり、半分ボランティアで営業してくださった結果、テレビやラジオ取材・出演等も入るようになりました。
 共同通信からの配信記事が地方の新聞に掲載され、全国から映画に関する質問メールが続々と届くようにもなり、感謝感謝です。

 

 ロードショーの数日前にニッポン放送で紹介された番組は秀逸でした。
 「上柳正彦のお早うGood Day!」という番組内の〈8時のGood Story〉というコーナーで紹介された内容は以下のようなものでした。

 

 町田市に住む山下久仁明さんに待望の長男が誕生したのは、1990年9月24日のことでした。初孫だったので、おじいちゃんも、おばあちゃんも、大喜び! 可愛いだの、男前だの。孫を囲んで、笑顔の輪が広がりました。
 名前は、大きく輝くと書いて「大輝」(ひろき)。
 山下さんは、テレビアニメの台本を手掛ける脚本家でしたが、子どもが生まれて、仕事への意欲が、ますます高まっていきました。
 「可愛い赤ちゃんですね!」と、よく道で声を掛けられました。
 しかしヒロキ君は、なぜか笑顔がなく、呼びかけても振り向かない子供でした。
 1歳になる頃、ハイハイを覚える前にスクッと立ち上がり、あっという間に走り出すようになりました。近くの公園へ散歩に行くと、その途中、必ず、決まった場所で走り出し、決まった場所で立ち止まり、決まった場所の壁の穴を、いつまでもジッと覗き続けました。
 なに何かおかしいな、と思った山下さんは、赤ちゃんの雑誌に付いていた「乳幼児の病気百科」の中から、「自閉症」という病気を見つけます。
 その症状が、どれを取ってもヒロキ君の行動とピッタリ当てはまりました。そして「自閉症は治らない」と書いてありました。
 それを知った山下さんは失望のあまり、声を上げて泣き出してしまいました。
 思いっきり泣いたら、山下さんは気持ちが晴れて、これから息子のために生きていこうと決意しました。
 しかし、ヒロキ君の異常な行動は、成長とともにエスカレートしていきました。小学生になると、自宅2階の屋根に上ったり、電信柱のてっぺんまでよじ登ったり。
 大好きな散歩は、毎日4時間も歩きました。一人で行かせるのは心配だったので、あとを付いて行くと、急な坂道を猛ダッシュするので、山下さんも奥さんもクタクタ。中学校に入って、GPS機能付きの携帯電話が登場し、これで居場所がチェックできるようになりました。
 自閉症を理解されずに、いろんなトラブルもありました。
 プールに連れて行ったときのこと。プールの後は、いつも大好きなラーメンを食べに行くので、ヒロキ君は嬉しくて仕方ありません。プールの中で、バチャバチャ遊んでいると、口うるさい監視員が注意してきました。
 「お父さん、一緒にいて下さいよ!」「なんで?」「だってあなた、親でしょう。」「この子は1人でプールに来てもいいことになっているんだよ」「そんなのないでしょう。世の中に迷惑を掛けているんだから」「世の中の迷惑?」
 その言葉にカチンと来た山下さんは言葉を荒げました。
 監視員も黙っていませんでした。つかみ合いのケンカになるところ、周囲に止められました。やりきれない気持ちで更衣室に戻ると、3人の中学生がやって来て、こう言いました。
 「おじさん、気にすることないよ。あの監視員のほうが、おかしいよ。息子さん、自閉症なんでしょう。ひとつも悪いことなんか、してないよ」
 その言葉に、涙があふれて、止めることが出来なくなってしまいました。
 泣いている山下さんの横で、ヒロキ君が、こう言いました。
 「お父さん、ラーメン。お父さん、ラーメン」
 山下さんは、泣いたり笑ったり。「よしよし、ラーメンを食べに行こう」
 自閉症を「うつ病」とか「引きこもり」と誤解している人が多いことから、山下さんは、自閉症をテーマにした映画を作ろうと思うようになります。
 映画の原作として、7年前に小説を書き上げました。
 そして3年前、今年こそ、映画製作を進めていこうと思った矢先の3月28日、ヒロキ君が鉄道事故に遭い、突然、この世を去ってしまいます。
 山下さんは「すべてが終わった」と思いました。生きるすべを失い、抜け殻のようになりました。これで映画作りも終わりのはずでしたが、山下さんは諦めませんでした。
 携帯電話の待ち受け画面は、ヒロキ君が微笑んだ写真です。
 ラーメン屋さんで、大好きな大盛りラーメンが運ばれてくる前の、嬉しそうなヒロキ君を撮った写真でした。その顔を見たら、どんなに困難でも映画を作ろうという強い気持ちが湧いて来ました。
 映画には膨大な製作費が掛ります。そこでホームページでカンパを募ってみました。すると山下さんのブログの読者から応援メッセージとともに支援金が送られてきました。不足分は山下さんが借金をして用意しました。
 あれから3年、自閉症のヒロキ君をモチーフにした映画『ぼくはうみがみたくなりました』が完成し、8月22日、今週の土曜日から、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館ホールで、上映されます。
 初日の土曜日、出演者とともに、舞台挨拶をする山下久仁明さん。
 舞台の上で、今度は、きっと、うれし涙を見せてくれることでしょうね。

 

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