#21 激動の4週間(後)
ぼくうみの東京都写真美術館ホールでの上映期間は4週間。
その折り返し、14日目を過ぎ……。
毎日毎日、朝から晩まで劇場にへばりついていて──と言いつつ、実は何日かは忌引等で休ませて貰ってはいたのですけど──明らかに雰囲気が変わってきているのを感じました。
お客さんの中にぽつぽつだったリピーターの方が、どんどん増えていくのです。
そして、リピーターさんのほとんどがお連れサン同伴なのです。
リピーターの方は、入口付近で遠慮気味に縮こまっている口下手の私に気軽に声をかけてくれました。
「私、二回目です」
「今日は友人を連れてきました」
「私は三回目です」
「今日は友人の友人も一緒です」
この頃になって、ようやく自分のつくった映画の価値を感じるようになりました。
最初に「ぼくうみ」を応援したくれたのは、自閉症児を家族に持つ親御さんがほとんどで、交通費かけてわざわざ東京の恵比寿まで映画を観に来てくれたお客さんもまた自閉症児の家族の方々でした。
で、みんな一緒だったのです。
家族以外の人に自閉症を知って貰いたい。
でもそれが難しい。
直接会って貰えれば結構わかってくれるのですが、言葉で自閉症を説明しようとするとなかなか伝わらない。
引き籠もりとの違いを説明するだけでもひと苦労。
もどかしい。
こんなに大変なのに、こんなに辛いのに、でも生活の中には楽しいことも結構あるのに。そんなことを伝えたいのに伝えることのが難しい。
それを代弁してくれていると思って貰えたのが「ぼくうみ」という映画だったのです。
福祉映画は説教臭いお仕着せ作品が多い。
でも「ぼくうみ」は違う。ごくごく平凡な物語の中に自閉症を描いているから、自閉症を知らない人にも自閉症を感じて貰える……。
それがリピーターさんが同伴者を連れてきてくれる一番の理由でした。
リピーターさんの多くは、「ぼくうみ」自体を楽しむ以上に、同伴者の「ぼくうみ」への反応を楽しんでいました。
劇場入口の近くには私専用の小さなテーブルを置いて貰っていて、毎日必ずサービスサイズのヒロキの遺影をフォトフレームに入れて置いていたのですけど。
「何でこんな写真がここにあるの?」なんて素朴に質問してくる方なんかもいました。
ヒロキのためにつくった映画が、ヒロキと私の手を離れ、一人立ちしていく感覚。ちょっと淋しいような、嬉しいような……。
映画って、エンディングの音楽&テロップが流れると、お客さんが一斉に立ち上がる作品が多かったりします。
でも「ぼくうみ」では、そういう人がとっても少ない。
すぐに立てない、って言ってくれる人がとっても多い……。
つくしんぼの留守番電話に録音が残っていました。
「重度自閉症5歳児の母親で、映画を観たいけど、子どもがいるから観に行けない」と。
ロードショーは4週間。その後は全国各地で自主上映会。DVD発売はさらにその後。おそらくは1年以上先かなあ、たぶん。
で、思いつきました。
名づけて「障害児親子デー」。
日にちと上映の時間帯を決めて、その回だけは障害児連れを優先。障害児は無料。騒いだりするのはお互い様。親子一緒に観るもよし、暗闇が苦手な子は、保育ボランティア大勢を整えて預かる……。
ちょっとした悪戯心でした。
借金までしての映画製作。途中で何度も倒れたし、こんな大変な作業は2度とやりたくない。後にも先には今回1度だけと思ってました。
となれば、ロードショーを経験出来るのは後にも先にも1回だけ。
となれば、相手は税金で運営されている東京都の施設。多少迷惑かけたって構わないかも……。
そんなアイディア、一度は写真美術館に拒絶されてしましたが、執拗な私の直談判の結果、東京都側の説得に見事成功。上映20日目の日曜日、初回上映の時の実施をオーケーして頂くことができました。
ブログとホームページで告知したところ、託児希望の障害児は10人弱。
一方、ボランティア参加を希望してくれた方が15人程。
ボランティアさんには黄色いバンダナを身につけての貰い、子どもたちには黄色いガムテープて名札をつけて貰い……。
エントランスで遊んでいる子あり、スクリーン前にしゃがみ込んで動かない子あり、ずっとガーデンプレイス内を探検し回っている子あり。
ここは映画館? それとも保育所?
託児を希望したけどちゃんと親の心配はよそにちゃんと映画を観ることができた子もいました。そんな子はスクリーンの中の淳一クンの姿を楽しんでくれていたような……。
託児を希望してなかったけど途中で飽きてしまい、劇場から出たがる子もいて、そのあたりは臨機応変。その場でボランティア対応してみたり……。
障害児の遊び場、フリースペースつくしんぼの運営が本業です。障害児の対応はなんとかなるという自信が私にはありました。
トラブルは笑って誤魔化すと……。
まあ、事故もなく無事終えることが出来ました。
最近は、館内を薄暗くしての子ども対応の映画上映も結構あったりしますが、預かりのボランティア体制を整えてのロードショーなんて、後にも先にもこの1回だけだった……って聞いています。
こんなこと、民間の映画館ではまず不可能でしょう。クレームだらけになってしまうでしょうし。写真美術館が東京都の施設だからこそ出来た企画だったように思います。
そして、障害児親子デーを開催した日の2回目の上映にて。
1週目に観客ゼロをなんとか切り抜けた閑古鳥映画が……。
ついに満員札止めを達成しました。
「また来ました。また友だちを連れてきました」と声をかけてくれる女子大生。
「こんな誰かに観せたくなる映画は始めてだ」と嬉しそうに語ってくれるおじいちゃん。
「ヒロキ君、喜んでるね」と言ってくれる親御さん。
そんなこと言われると、また涙が出てしまう……。
視覚障害者のための音声ガイド付きバリアフリー上映会、というのも開催しました。自主上映会ならともかく、ロードショー公開中の一般劇場での開催というのは日本初です。
シティライツさんのご協力を受け、視覚障害の方一人一人に音声受信用のレシーバーつけて貰い、音声ガイドを飛ばしての上映でした。
映画のあと、みなさんに少し話を聞かせて頂いたのですが、音だけで映画の細部のところや伏線のようなところまで理解してくれていて、ビックリしたことを覚えています。
ちなみに、このシティライツさんの代表をしていた平塚千恵子さんは2016年に山手線の田端駅の近くに誰もが楽しめる常設の映画館、ユニバーサルシアター『CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・ タバタ)』をオープンし、現在も頑張って継続中です。
聴覚障害者のための上映も企画していたのですけど、技術的な問題で出来ませんでした。映画上映用に焼いた35mmフィルムは一本だけ。字幕は入っていませんでした。
今のようにDVDやブルーレイに字幕が入っているようになったのは、つい最近のことです。
なぜかいつも空いている席がポツンとひとつありました。
最後列の真ん中あたりの席です。
不思議でした。
でも、友情出演の声優・津久井教生氏がトークゲストで来てくれた時にその理由がわかりました。
霊感の強い彼いわく。
「ヒロキ君のお婆チャンの指定席だよ。毎日このホールにしっかり来てくれてる」
そっか、母親の席か……。
なんか妙に納得してしまいました。
「ヒロキ君は、うーん、来てるんだか来てないんだか。散歩の途中に時々立ち寄ってるって感じかなあ」
彼は今、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という筋肉がだんだん動かなくなる難病と格闘中です。
第4週は火→水→木と、動員数はグングン右上がり。
日々記録を更新。
最終的には4週間で、のべ4600人を超える来場者を数えることができました。
これを多いとみるか少ないとみるか……。
でも、少なくとも写真美術館ホールでの記録だったみたいです。
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