#1 はじめに

 大変ご無沙汰しています。
 拙著『おさんぽいってもいいよぉ~ 自閉症児ヒロキ歩んだ15年』をぶどう社の社長だった市毛研一郎さん(故人)にお願いし、無理くり出版して頂いたのが2009年のこと。「断れないよなあ」と言ってくださった時の市毛さんの笑顔を、今でも忘れません。
 実はヒロキの事故の直後、2006年の夏あたりから書き始めてはいたのですが、途中でどうにも書き進めなくなってしまい、映画制作と同様、2年以上かかってやっと書き上げることの出来たエッセイ(なのかな?)でした。
 それ以来なので、小説や脚本以外の文章を書くのは15年近くぶりということになります。ブログやFacebookには少しばかり何か書いていますけど、あれは文章というより落書きに近いものなので……。

 

 気がつけば私ももう60歳。還暦です。
 時が経つのは本当に早いです。歳を取れば取るほど、加速度を増して時間が過ぎ去って行くように感じます。


 『おさんぽ…』の本の中で、私は次のように書いています。

 〈とりあえず自分の人生を60年と刻んで、最初の15年は子どもだった時代で、次の青春時代(?)の15年を好き放題過ごしてきて、次の父親としての15年をヒロキとともに歩んできて……。〉
 〈で、45歳の私は? 残った4分の1の15年、これからの15年をどう生きていけばいいのだろう?〉

 

 その、残りの15年、が過ぎ去ってしまった計算になります。
 人生をとりあえず60年、と刻んでみたわけですから、今年あたりには区切りとなる文章を書いておかなければ……。
 ということで、書き始めてみることにしました。

 

 ウチの長男の名前は山下大輝です。
 この名前をネットで検索すると、少し前まではウチのヒロキに関しての内容しか出て来なかったのですが……。
 今は状況が違います。検索して出て来るのは、すっかり売れっ子声優に成長した山下大輝君の記事ばかりです。ちなみに、彼の場合、「ヒロキ君」ではなく「ダイキ君」です。
 1989年(平成元年)生まれとのことなので、ヒロキより1歳年上。誕生日が9月7日ということで、次男のアツヤと一緒だったりしています。
 私は今後、アニメの脚本を書く機会はないと思うので、彼と仕事をすることもないでしょう。でも、名前といい誕生日といい、なんか妙に縁があるように感じています。一方的に、ですけど。

 

 この文章を書き始めるにあたって、タイトルを考えました。
 最初は『おさんぽいってもいいよぉ~・その後』でいいかな、と思ったですが、『ぼくはうみがみたくなりました・その後』に続き、また『その後』というのも芸がないので、変えてみることにしました。
 『やましたひろきくんの置き手紙』にします。
 理由は……とくにありません。なんとなくです。ボーッとしてたら、なんとなく浮かんできただけです。
 ダイキ君でなくヒロキ君だ、って言いたいのかも知れません。

 

 慌てず騒がず、でも60歳のうちには書き上げたいと思っています。なるべく、ですけど。
 書籍化するつもりはありません。今回はクラウドファンディングも自費出版もしないと思います。
 『おさんぽ…』を読んでくださった方々へのお礼として、続編のような感じで、少しずつ書き綴っていけたら、と思っています。

 

 まずは15年間分の時間を巻き戻すところから始めます。
 お暇な方、お付き合い頂けたら幸いです。
 忙しい方、少し手を止めて、お付き合い願えたら嬉しいです。

 

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